恐怖の泉

実話系・怖い話「呪いの上書き」

大学の後半、暇になった私はアルバイトと飲み会に明け暮れていました。
1、2年生で必要な単位の大半が取得出来てしまう大学の仕組みも良いのか悪いのか分かりませんが、やる事も無く朝から晩までバイト。
そして週末は飲み会という生活をしていたのです。

そんなある日の飲み会中、私はトイレへ行きたくなりました。しかも緩めで緊急性が高そうな気配です。
ところがトイレは男女共用な上、1つだけなので大渋滞。
これは我慢できないなと感じた私は、階段で他のフロアのトイレへと向かいました。

今までの賑わいが嘘のように、下のフロアはしんと静まり灯りもありません。どうやら使われていない様子です。
普段なら怖くて怖気づいてしまう雰囲気だったのですが、ここでやらないと取り返しのつかない事態になるかもしれないので進みます。
携帯の光を頼りにトイレへ入って電気を点けると、幸いにも明るくなりました。

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個室で一息ついていると壁には落書きがあって、見た事もない文字の下に数字が羅列してあります。
なんだろうな、と思って見ているとピンときました。
あ、電話番号か。
桁数や書き方から、どうやら固定電話のようです。
何となく興味を持ったので、話のネタにと思って携帯からかけてみました。

呼出音に続き、相手が出て喋り始めます。
ところが日本語?だとは思うものの、全く意味が通じません。
ひらがなをでたらめに発声している感じで、絶え間なく喋り続けているのです。

さはどあをぬらてといにちひはわをろみすち…

延々と聞いていると頭が痛くなり、怖くなったので切りました。
用を済ませホッとした後は、飲みの席へ戻って続きを楽しみました。

翌日、ふとトイレで電話をかけた事を思い出しました。
しかし携帯の通話履歴をみると、それらしき電話番号がありません。
自分で消した記憶が無かったのでおかしいとは思ったのですが、まぁ酔っていたし特に気には留めませんでした。

ところが数日後、異変が起きたのです。
バイトで休憩中に会話をしていると、急に他人の言葉が聞き取れなくなりました。
喋っているのは分かるのですが、あの時トイレで聞いたようにめちゃくちゃな日本語になっているのです。
突然の出来事に困惑しましたが、すぐ元に戻っていました。
今のは何だったのか…。
多分気のせいだと思いながら、売り場で黙々と商品補充をしていると、目の前に常連客が近寄ってきて私をジッと見てきます。

私はとあるスーパーで商品補充のアルバイトをしていました。
そのスーパーはほとんどが常連客というくらい地元感あふれる店舗だったのですが、客の中でもとりわけ要注意というか、癖のある人が居ました。
私を凝視しているのはその中の1人、通称「値引き婆」です。
「これ安くならないの?」
と賞味期限ギリギリの商品を持ってきては店員へ交渉してくるのが特徴です。
値引き婆が今回持ってきたのは、バラ売りの饅頭でした。
正規の値段でも100円でお釣りがくるアイテムを更に値引き交渉とは、流石だなと思いつつ賞味期限を確認します。確かに賞味期限は今日。値引きの商品ですので、1割引きにしました。
すると値引き婆は
「もっと安くならないの?」
と珍しく食い下がります。
うわ面倒だなと思った次の瞬間、値引き婆は思わぬ台詞を言ってきました。
「兄ちゃん、呪われてるよ。」
え?と私が固まっていると、値引き婆は続けて言います。
「他人が何言ってるか分からないだろ?そういう呪いよ。それがどんどん酷くなって、終いには他人と関われなくなる。そうなるとどうなると思う?」
「…え?どうなるんですか?」
「死ぬよ。」

全く想定外の展開に、私の脳内は真っ白になりました。
値引き婆はというと「ひぇ」と声を上げたかと思うと、ニヤニヤしています。
「私なら呪いを消せるよ。代わりに兄ちゃん、もっと安くしなよ。」
「…本当ですか?」
値引き婆は頷いて、ジッと私を見つめてきます。
その時、値引き婆の目が凄く綺麗というか、澄んでいたんですよね。
いつもなら他人から避けられている人でしたが、不思議と私は直感的に信じる気になったのです。
そして私は饅頭に5円というタグを貼りつけました。
店長に見つかったら確実に怒られる、ありえない値引きです。
あまりの値引き額に婆も驚いた様子でした。
「兄ちゃん、気に入った。明日道具持ってくるよ。」
そう言って居なくなりました。

次の日、値引き婆は数珠を渡してきました。
「それをいつも身につけてよ。」
ありがとうございます、とお礼を言うと、ニヤニヤしながら婆は言います。
「あんたにかかってる呪いは消えてない。でもその数珠を付けている間は大丈夫よ。
その数珠には私の呪いが入ってるから。私の呪いが他の呪いを消すのよ。私の呪いは強いから誰にも負けんのよ。」
そしてまた「ひぇ」と声をあげて笑うのですが、その姿はより一層不気味に見えました。

ともあれ、これで他人の声がおかしく聞こえる事は無くなりました。
ただそれからというもの、値引き婆は私にだけ、こう交渉してくるようになりました。
「誰か呪って欲しい人はいるよ?また値引きしてくれれば、呪いで消したるよ。」
間に合っています、と断っていましたが、多分お願いしたら本当に値引き婆の呪いは効果を出すのだろうな、と私は思います。

私はその後、地元を離れて暮らしていますが、値引き婆にもらった数珠だけは肌身離さず付けています。
数珠を付けていないと、やはりまた他人の言葉がおかしく聞こえてしまうからです。
ちなみに在学中、もう一度あの落書きがあったトイレへ行ってみました。
すると落書きがあった部分だけ、誰かが拭いたように綺麗になっていたのです。
書いた人が消したのでしょうか…。

関係無い人は呪いなんて…と思うかもしれませんが、当事者にとっては死活問題です。

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