恐怖の泉

シリーズ怖い話「みのりの体験談」

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黄色い長靴

私が4才の頃。
夕暮れ時に近所の子供達と道で遊んでいた。

右手が県道、左手が御霊道。分岐点に柿の木がある。
その木の下に、男の子がひざをかかえて座っていた。
いつからそこにいただろう、3歳くらいだろうか。
私は気になった。

皆には見えていないのだろう、姿がぼんやりしている。
この世の者じゃない。
口をきいてはいけない。
わかっていたけど、気になった。

1人帰り、2人帰り、皆いなくなるのを見送った。
思い切って話しかけてみる。

「だあれ?」
黄色い長靴だけがはっきりと見える。
「どこの子?」
男の子は路地を指さすと立ち上がり、向こうへと走って行った。

路地の向こうは行き止まり。家が一軒あるだけだ。
8人も子供がいる家。

「みのりー、みのりー。」
ばあちゃんの呼び声に振り返った。

「それと話したら、いかん。」
怖い顔で言われた。

昨日、その路地の家で8人兄弟の一番下の子、マーちゃんが病院に運ばれた。
「栄養失調だって。あー、なんで気付いてあげなかったんだろう。」
救急車を見送りながら、母さんが辛そうに呟いていた。

マーちゃんの家には父親がいなかった。
どうしていないのかまでは、子供の頃のことだからわからない。
ただ、ひどく貧しい家だった。

それから1週間ばかり過ぎた頃、柿の木の所に黄色い長靴の子供がいた。
姿ははっきりしている。

「だあれ?」
私が話しかけると
「マーちゃん。」
と答えた。
マーちゃんではないのに。

私の知っているマーちゃんは、いつも悲しい目をしていた。
でもその子は、大人びた鋭い目をしていた。
ばあちゃんに話すると
「幽鬼が入ったな…。おまえは余計なことは考えんでおけ。」
と言われた。

その日から、その子は当たり前のようにマーちゃんになった。
隠れんぼと鬼ごっこを嫌った。

マーちゃんはいつも黄色い長靴だった。
その家族は、まもなくどこかへ引越した。

順番

私の家は明治時代に建てられた古い日本家屋だった。
裏庭には先祖の墓地がある。
じめじめと湿気っぽい廊下で、1人遊びが多かった。
その日も廊下で遊んでいると、家の中に人が動く気配があった。

「母さん?」
私は人形を放り出し、障子を開いた。
がらんとした十畳の和室には誰もいない。
さらに襖を開けて奥の部屋に進む。

コトリと音がした。
納戸からだ。
納戸に続く木の引き戸を開いた。

白い着物姿の多美おばちゃんが、タンスの中をかきまわしていた。

「ない…ない…。ない、ないない、ない、ない…」
ぶつぶつ言っている。
多美おばちゃんは、東京のB区という所に住んでいる。父の妹だ。
おばちゃんが来ているなんて、誰も教えてくれなかった。
私は台所に母を探した。

「なに?大きな声出しちゃって…」
母は洗濯をしていた。
「多美おばちゃんが納戸にいる…」
「え?」
「白い着物着てる」
「そう…、亡くなったんだよ。里に魂が帰ってきたの」

それから、ずっと母と祖母と父は、仏壇で手を合わせていた。
電話が鳴った。
多美おばちゃんが、自動車にはねられ亡くなったと報せる電話だった。

そう、私の家ではこんな風に順番が違うことが、度々あった。

呼び声

5歳頃のこと。
深夜、呼び声で目が覚めた。
夢の中で聞こえていたのだと思ったが、それでも暗闇の中で耳を澄ませた。

「おーい、おーい…」
「だれかー」

細く尾を引くような呼び声だ。
布団の中で、身動きがままならない程手足を硬直させて、息をするのも苦しい。
目が覚めているのに、まだ聞こえる。金縛りのような状況で耳を研ぎ澄ます。
身動きすれば、相手に見つかってしまうと思った。

声にはたまらない寂しさと、恋しさと、悲しみが詰まっていた。
しじまの中を縫っていっぺんに襲ってきた。
説明するだけの言葉をまだ知らなかった。

闇から聞こえる声が、ただ恐ろしかった。
幼心にも、呼び声はこの世界の声ではないとわかっていた。
夜の闇のもっと深い所で、誰を探しているのか。
自分かも知れない。

耳を塞いでも同じ、どこかすごく遠い所でだれかを呼んでいる。
一度だけ、返事をしてみた。声には出さず、頭の中で、その声に応えた。

「ここにいるよ」

あちこちから、たくさんの反応があった。
闇がざわめいた。
耳から聞こえない声が闇の中で、四方八方から聞こえてくる。
波のように、寄せたり引いたりする。

「だれだ!」
「返事が聞こえた」
「助けて、怖いよー、出してぇー」

別々の場所からの応答があった。
暗闇の奥に向かって声をかけると、果てしない孤独感に襲われてしまった。
高い天井に穴が空いて、空へ向かって開いた穴の淵にいた気がした。

あの呼び声はなんだったんだろ。
あれからしばらくして気にならなくなった。呼び声は聞こえない。
夜の闇は静かになった。

小学校5年生になって、父に天体望遠鏡を買ってもらった。
たちまち天文オタクになり、夜な夜な星を見上げていた。

星空は賑やかなのに、果てしない孤独に襲われることがある。
果てしない宇宙にぽつんと1人でいるような感覚を覚えた時、あの呼び声を思い出した。

悲しく深い呼び声。
果てしなく広い所で、だれかを探す呼び声。
この世界はいつも誰かが誰かを必死で探す声に満ちている。

あの呼び声を聞いてから、私は夕暮れ時に母が子供を呼ぶ声が恐ろしくなった。
夕暮れ時になると、自分が母に呼ばれないうちに走って帰った。

地下の喫茶店

仕事帰り、燐子と喫茶店に入った。
燐子も、あちらの世界の住人が見える。

地下の喫茶店の隅っこのボックス席。
燐子がぶるっと、身震いした。

「あ、ごめん。地下は嫌だなと思ったら、ぶるっときた。」
「燐子いるいる、ほらトイレの横の席。」
席につくなり、きょろきょろと辺りを伺う。私達は奇妙な客だ。
ウエイターが挙動不審の客に渋い顔で水を置く。

「地下のお店は溜まりやすいのよね。」
燐子はメニューをめくり、しばらく考えて、結局2人ともコーヒーを注文した。

「ねぇみのり、言いたくないけど、ついた…。」
「やっぱり。」
ぞくっとした寒気を感じた。

「あなた、未だに受動体質ね。はい深呼吸して。」
燐子に言われるまま、息を吸い、吐き出す動作を繰り返した。

「燐子見えた?」
「なにも。気配だけ。なんか背負ってるわ…。」
「私、気分が悪くなってきた。」

気のせいだろうか、頭が重い。
燐子と早々に別れてタクシーに乗り帰宅した。

部屋に入るなり、電気もつけずカーテンを引いた。
窓に自分の姿がうつる。
ほっとして、カーテンを閉めて明かりをつけた。

異変は深夜に起こった。
金縛りだ。
窓ガラスをバンバン叩く音。
音は次第に大きくなり、部屋に振動が伝わる。
参ったなぁ…。アクティブな霊を連れてきてしまった。

5分ほどもがき、全身汗まみれで金縛りを解いた。
金縛りを手っ取り早く解くには声を出せばいい。
だけどそれは普通の金縛りで、霊による金縛りはそれでは解けない。
目玉でも眉毛でも指先でも、動く箇所の可動領域を少しずつ広げていると、ふっと解ける。

翌朝、カーテンを開けると窓の内側に無数の手跡があった。
窓を全開にして空気を入れ換え、1週間盛り塩を窓枠に置いた。
初めて、霊を連れ帰った。
燐子に顛末を話した。

「よく憑かれるけど、初めてなの?」
意外だったと、笑われた。

結婚前夜

親友の美咲が結婚することになった。
前日、美容院に行って部屋へ戻るとドアチャイムが鳴った。
覗き穴で確認すると、中年の痩せた男性が立っている。

「高梨美咲の父親です。」
私はドアを開けた。
「近くまで来たもんだから、ちょっと寄ったんだ。いつも電話で話すだけだからあんたの顔も知らないが…。」

美咲に電話をする度に、父親が出た。
中学生の頃からよく話した。話しが好きらしく、なかなか美咲に代わってくれなくて、困ったものだ。
学校での美咲の様子や、体育祭の話、遠足のこと、試験勉強のこと。
なんでも楽しそうに聞いてくれる。

「明日は結婚式ですね。おめでとうございます。」
「親がすすめた見合いだから、本当に喜んでいるのかどうか気になってなぁ…。」

私も気にはなっていた。
初めての見合い相手と、すんなり結婚を決めてしまったのだ。
「それで、いいの?」
美咲に尋ねた事がある。
「いいの。貰い手があるだけで十分だもん。」
欲がないというか…。

「そうかね。十分か…、じゃあひと安心だ。」
私は父親の手土産の大福をひとつ食べて、残りは冷凍した。
六つ入っていた。

翌日、披露の前に控室へ挨拶に入った。
純白のドレスを着た美咲は、輝くばかりに美しかった。

「昨日の夕方、お父さんが来たんだよ。」
「え?いつ?ずっと一緒だったけど?」
美咲は眉を寄せる。
控室がノックされた。体格のいい男性が入って来た。
「お父さん、みのりちゃんよ。」
「いやぁ、いつも美咲から聞いていたよ。あんたに一度会いたいと思っていたんだ。」
いきなり、初対面の挨拶。
あたしは曖昧に返事を返した。

その人が出て行くと
「どう?お父さんって、昨日会った人?」
美咲が囁く。
「ううん、違う。もっと痩せた人。」
すると、美咲がいきなり泣き出した。
しばらく泣くと、落ちついた。

「みのり、あの人は二度目の父親、母の再婚相手なの。みのりのところに行ったのは実の父親だと思う。7歳の時に亡くなったのに、なんだか嬉しい。」

では、いつも電話で話していたのも…?
大福もちは、冷凍庫に保存してある。
どうすれば、いいのかわからないのだ。

美咲は幸せな結婚生活をおくっている。
会う度に不思議な話は尽きない。
「お父さんと話したこと、教えて!」

美咲にせがまれて、無理矢理記憶をたどる。
美咲の亡き父親とは、なんせ10年以上のお付き合いだったのだ。

臨死体験

「なんか変だったんだよなぁ。」
この世のもの以外、全く信じない友人の沢田猛。
例え、誰も居ないはずの隣室を歩き回る足音がしても、認めない。

子供時代、一緒に遊んでいた時に
「お化けが怖くてトイレに行けない。」
と言ったら
「そんなこと言ったってかわいいとか思わないよ。」
と憎らしいことを言われてケンカした。

猛は突然の病に倒れ、しばらく生死をさまよっていた。
1週間意識が無く、医師からも覚悟して下さい、と一時は告げられた。
そんな状態からなんとか一命をとりとめ、生還したと猛の母親から連絡がきた。

病室を訪ねると、1人でベッドにいた。
開口一番「三途の川を渡ったんだ。」ときた。
「こんな話を聴いてくれるのは、みのりだけだと思ってさ。」

倒れる前の晩、深夜に物音で目が覚めた。
5才くらいの男の子が、救急車のおもちゃで遊んでいた。
ぴーぽーぴーぽー
床の上を、手で押しながら走らせている。
親戚の子供だろうか。一瞬、目が合った。

なんともいえない悲しげな瞳から、ボロリと一粒涙を落とし、かき消えた。
床には、救急車のオモチャが残っていた。

オモチャには見覚えがあった。
結構気に入っていたのに、いつしか本棚の奥にしまいこんで、忘れていたものだ。
「変な夢見ちゃったな。」
夢を見たんだと、無理矢理自分を納得させ再び眠りにはいる。
起きた時に、足元の救急車を棚へ戻した。

「今思えばわかっていたんだ。あの子供は、自分だって。」
彼は、ベッドの上で力無く笑う。
「倒れる運命だったのかな。自分がお迎えにきたのか、お別れにきたのかはわからないけど…。」
「いいじゃない。今度その子が来たら、念のために病院に行って検査を受けてみれば?予知能力を手に入れたってことね。」
「そんなに都合よくいくわけないじゃん。みのりのオカルト頭ならそう解釈しちゃうのか。」

仕事中、酷い頭痛に襲われてこらえきれずに倒れた。そのまま意識を失った。
24才、クモ膜下出血だった。

「まぁいいか、なんかみのりのオカルト思考もまんざら嘘じゃないってわかった。ねぇ、恐いんだよ。あいつらと付き合い方教えてよ。」

病室の角のカーテンの所には、少女が立っている。猛にも見えるようになったんだ?
「みのり、あれは、なに?」
「向こう側が見えてるだけ、その内慣れるわ。ほとんどはそこにいるだけ、残像みたいなものだと思ってるの。」
「慣れるのかな…。」
「すぐに当たり前になるわ。」

だけど、私は見てしまった。
ベッドの頭の方向の窓に張り付いている、顔、顔、顔。
おそらく、彼の亡くなった親族。
猛から見えない位置でよかった。死神なんかじゃないことは確かだ。どの顔も心配そうに歪んでいる。
あとは彼の生きる力。

「川の向こう側に、じーちゃんや、おばさん達がいた。おれ、三途の川なんか認めないと思ったんだ。差し出された手を振り切って、引き返した。」
その時に、完全には振り切れなかったのだろう。
「いい?生きる気力が無いって感じたら、電話して。すぐに来るから。お返しに元気になったらデートしてよ。」
「無理かもよ。なんか、終わってる…。」
後遺症で震える手を、じっと見つめている。
私は、猛の視線から震える手を両手で包み隠した。
窓に張り付く彼の親族に「帰れ」と念じる。

生きて、生きて、生きて
あんたたちが決めることじゃない。
猛にはまだ迎えはいらない。

「もう大丈夫だから。猛、あんたは生き延びたのよ。無事生還。」
今度は声に出した。

お迎えの親族に伝わったのか、掠れてほとんど見えなくなっている。

私はたくさんの怪異を見てきた。
好む好まざるにかかわらず、普通の風景の中に見てはならないものが飛び込んでくるのだから、避けようがない。

カーブの多い国道の側。柿の木がある。
私がこれまで飛び上がるほど気味が悪かったのは、横断歩道の前に立つ、そのたいして大きくもない柿の木だ。

この木の下に信号待ちをする人が立ち止まる。
事故多発地帯と看板が立ち、カーブミラーの根本には新しい花束が供えてある。

私はこの木を見上げることも、まっすぐ見つめることもしない。
本当は側を通りたくもないんだけれども、駅に続く道なので避けることができない。

まるで木の実のように、鈴なりに何かが実っている。
それは指だったり、耳だったり、何かわからない肉片だったり…。
明らかに人の体のパーツが、枝がしなるほど鈴なりに実っている。
どこの誰かだけはっきりわかる、首をくくった遺体の方が私には怖くない。

この木が事故を招いているのだ。
事故多発地帯には訳がある。
看板を見逃さないで、人にはどうにもならない場所がある。

弔い飛脚

ある休日の夕方、アパートのチャイムが鳴った。
朝からすることもなく、ライブ映像をただ見ていた。
覗きレンズで確認すると、どこかで記憶している男性2人。黒いスーツ姿だ。
開けるべきか。誰なんだ。

「みのり、ドア開けろ。用があってきた。」

イントネーションは田舎の懐かしい訛り。
ドアロックを外した。

「昨日14時30分、○○○部落の加藤雅也さんが亡くなりました。」
あたしは血の気が引くのを感じた。
雅也は幼馴染の父親だ。

私は小学校6年生の時、両親を交通事故で亡くし、町内の大人たちの世話で養護施設に入れてもらった。
それ以来村には帰っていない。

「通夜は今夜行われます。葬儀は明日、10時から執り行います。出棺は午後2時、見送ってやって下さい。場所は○○寺。では。」
深々と頭を下げ階段を下りて行った。

村の人だ。
まだ思い出せない。
東京から3時間もかかる。
何のために、どうして、私なんかの所へわざわざ来たのだろうか。
迷いに迷ったけれど、わざわざ来てくれたのは訳があるのだ。
みのりと名前を呼ばれたのは、あの事故以来かも知れない。
名前を呼んでくれる人がいる。
両親の写真も持たないで家を後にした。忘れようとした。
田舎のことも、両親のことも。

「行こう!」
私は勤めている美容院に3日間の休みをもらった。

駅前のスーパーで黒いスーツと靴を買って、紙袋に入れた。
「泊まる所はあるかなぁ」
ちょっと考えたけど、そのまま切符を買い電車に乗った。

幼馴染である雅敏の父親が亡くなったからって、わざわざ来るものなの?
○○○村には、弔い飛脚の風習があるのはなんとなく知っていた。
電話も電報もない時代。
村の者が亡くなると、村中で四方八方へ故人と繋がる家に知らせて歩くのだ。

でも今は電話も電報もある時代。
しかも親戚でも知り合いって程の仲でもない、雅敏の父親の死を知らせに来るって…。
どう考えても奇妙な話だった。

車窓がビル郡を抜けて緑色に埋まる頃、とある駅前でローカル線に乗り継ぎ、無人駅で降り、バス通りまで30分ほど歩いた。
ようやくバス停に辿り着いた。
それから村まで、バスで30分ほどかかる。
ここから上は集落しかない。今の戸数は分からないが、当時では60軒くらいあったと思う。

バス停に着くと男の姿があった。
こちらを見ているのは、雅敏だ。
彼のことを考えていなかったら気がつかない。あれから10年以上過ぎている。

「もしかしたら、みーちゃん?」
私は頷くだけで精一杯だった。
何があったか、探ろうとさりげない会話をしていく。親が亡くなった顔じゃない。明るいのだ。

「久しぶりだね、どうしてた?施設に同級生みんなで会いに行ったけど、東京のおばさんの所までしか分からなかった。」
「そうなんだ、おばさんに邪魔扱いされて飛び出して、美容院に住み込みで働いてた。大人になるまで、結構大変だった。」
「そうか。それはおばさんに聞いても知らないってなる。」

「今日はどうしたの?」
「いや、どうもこうも…まぁ墓参りに来たんだよ。」
「そうか。じゃあ今夜は俺んち泊まりなよ。」
「独身?」
「山岡ミサって覚えてる?あいつが嫁さん。」

「今日どこかで葬式があるの?」
「なんで?ないけど。」

訳がわからない。
飛脚が来たのは、きっと何かの間違いなのだろう。

バス停を下りて2人で墓参りを済ませた。住職が驚いた顔で迎えてくれた。
「明日がご両親の命日だよ。よほどあんたに逢いたかったんだね。」
そうだったんだ。両親に呼び寄せられたのね。
少し肩の力が抜けた。

寺からの坂道を下ったところで
「あれ、親父だ!」
おじさんが道の向こうから手をかざして見ている。
すると、おじさんはこちらへ寄って来た。
2メートル程の所で立ち止まると
「みのりちゃんか!」
と叫ぶ。
私が頷くと同時、おじさんは動物の咆哮のような雄叫びをあげて、集落に走って行ってしまった。
まるで酷い恐怖、怪異を見たような有様だった。

雅敏の家に着き、さっきのおじさんの様子は何なのか尋ねる。
奥さんも交えて話しても、理由がわからない。
「父さんの様子見てくる。」
聞けば、おじさんは元の家で1人暮らしをしているらしい。
10分もたたないうちに雅敏が戻って来た。

「警察に電話して。父さんが首を吊ってる。」
私は目の前が真っ暗になった。

気がついたときには、たくさんの村の人が心配そうに見守る布団の中だった。

私の両親を車に乗せて、雅敏の父さん、雅也は谷に転落した。
雅也は無事だったが、怖くなって事故を隠した。
それから1週間後、2人は谷底から遺体で発見された。
即死ではなかった。
あの時、発見されていれば生きていたかも知れない。

今頃事実が分かっても、何になるんだろう。
弔い飛脚の風習も、5年前には取り止めていた。

お寺の住職は
「あの世でまだ弔い飛脚を村の衆でやってるんかの。わざわざ東京まで知らせに行くとは、有難い話だと思いなさい。
あんたが1人残されたことをみんな心配してたから、ずっと見守っていてくれていたんだよ。」
と慰めてくれた。

今思うと、あの世に行った村人みんなが、雅也を見張っていたんだ。
雅也は村から出たがっていた。
しかし街へ引越すことになっても、不動産詐欺にあったり、崖崩れで道が封鎖されたり。
雅也が村から出ることは出来なかった。

狐火

あれは、一体何だったのだろう。
幼い日の記憶は、どこかで脚色されているのかもしれない。

母と親戚の家に行った帰り道、すっかり夜になってしまった。
「御霊道は怖いから…。」
珍しく、母がそんなことを言って迂回した。

真っ暗な田んぼのあぜ道を、小さな懐中電灯の明かりを頼りにして行く。
大きな羽根のような雪が舞っている。
向こうに集落の灯が見える。
ケーン、ケーンと、悲しげな鳴き声がする。
「キツネも寒いんだね。」
と、母が山を仰いだ。

「あ…。」
山肌に青い火が点々と灯っている。
「狐火。」
母が足を止めて、眺めている。

「怖いよ、行こうよ。」
闇に浮かぶ青い灯に誘われそうだった。
夢中で母の手を引いた。

「あれはキツネの葬式だよ。こう寒くちゃ、仕方がないか…。」
夜にそぐわない甲高い声。
後ろから来たのだろうか、ほうかぶりをした老人がいつの間にか横にいた。

「あ…」
母はハンドバッグをごそごそ探り、千円札を取り出した。
「そしたら、これ…。香典です。」
「そりゃそりゃ、ごていねいに。」
老人が深々と頭を下げると
「では…」
と、母が私の手を強く握り歩き出した。
途中から早足になり、走るように家へ駆け込んだ。

「ばあちゃんからきいてて、助かりました。」
ばあちゃんが笑った。
「いえいえ、あんたの機転で皆が助かった。」
そう言って頷いていた。

あれは、何だったんだろう…。

つるべ井戸

中島さんちの裏庭に、つるべ井戸があった。
ロープの先にバケツがついていて、カラカラ降ろして水を汲む。
夏には野菜やくだものを冷やしたりする。

かくれんぼをしていた時に、鬼役のみゆきちゃんの悲鳴が聞こえた。
皆で駆けつけた。

「井戸に誰かいる!」
真っ青な顔で怯えていた。

一番年上の咲男がのぞいた。
「何もいないよ。」
と笑っている。
次々にのぞいた。
皆、なにもないと笑う。
そんなら、私も…。

!!!!!!

私は声にならない悲鳴をあげた。

冬に亡くなった、中島のばあちゃんが井戸の底から見上げていた。
ざんばら髪が水に広がってゆらゆら揺れていた。

みゆきちゃんも、私と同じ。怪異が見えると知った。

新入学

初めての学校。初めての教室。
担任の女の先生に案内されて、校内を見学した。

トイレは廊下をはさんだ教室の前。
明るくて綺麗なトイレだった。
廊下の端が理科室と音楽室。中庭、校庭、プール。
校舎は建て替えられたばかりで、どこも真新しかった。

教室へ戻り、初めての授業は国語だった。
緊張したのか、トイレに行きたくなった。
我慢できなくて手をあげた。

「1人で大丈夫?」
「はい。」

私は教室のドアを開け、廊下の向かい側のトイレの引き戸を開けた。

「え?」

剥き出しの土の床だ。さっきと違う。
天井には蜘蛛の巣が絡んだ裸電球。木の板戸が左右に並ぶ。戸はどれも壊れていた。
破れて何かが見える。水洗じゃない…。
でも、もう限界。
私はそそくさと用をたした。

ほっとして、目の前の壁を見れば「みんな死んだ」と、赤いチョークで落書きがあった。
焦って外へ出ると、石造りの手洗い場があった。
そこでランニングシャツに半ズボンの男の子が手を洗っていた。坊主頭だった。

何かが変だ。
手も洗わずに教室へ駆け込んだ。

その後、担任の先生と学校中をみてまわったが、そんな古いトイレは存在しなかった。
私は卒業するまで、そのトイレを探した。

祖母のこと

母方の祖母が亡くなった時のこと。

日本は火葬だと聞いているが、あれは確かに土葬だった。
祖母は座棺といって、樽のようなものに入れられて、座った姿のまま担がれてゆく。
担ぎ手のことは「おんぼかつぎ」とか言うらしい。方言かもしれない。

祖母は明るく闊達な人で、私は大好きだった。
よく「カッカッカッ」と大きな口で笑った。
墓地に着くと、大人達が大きな穴を掘った。

最後のお別れにと、樽の蓋が開けられた。
私が覗くと、祖母は首を曲げてウインクした。

「まだ生きてる!」

私は叫んだ。
母親に背後から抱きすくめられた。
「ばあちゃんは特別。」
母が囁いた。

「生きてる!生きてる!生きてるぅぅ!」
私があまりに騒ぐもんだから、皆で確認したが、誰もが首を横に振った。
「ほら、もう一度お別れしなさい。」
母に抱きかかえられ、樽を覗く。
蝋人形のような肌。目も閉じている。
「亡くなったのよ。さぁ。」
母の合図で蓋が閉められ、スコップで土がかけられる。

「生きてるのに…!生きてる!生きてる!」
私はわめき続けた。
祖母は86才で埋められた。

小学校3年生の時だ。
授業中、1番後ろの席の里沙が悲鳴を上げた。
すぐに同じ列の子たちが次々に叫ぶ。
私は1番前の窓際の席だった。

直後に悲鳴の正体がわかった。
拳を握った筋肉質な腕が、黒板を縦に這い上り天井に消えた。
腕は後ろから弾丸のようにまっすぐ飛んできた。

それから1週間で、クラスの子の家族が8人も亡くなった。

私達は誰かが休む度、ひそひそと噂話に夢中になった。
弟や、おじさんや、おばあちゃんが亡くなった。

「あれは鬼の腕だ。」
誰かが言った。
「次は誰の家から葬式が出るだろう。」
私達は恐怖に包まれた。

見かねたのか、先生が「塩まじない」という儀式をしてくれた。
一つまみの塩を、みんなの手の平にのせて握らせると、教室の窓からまいた。

私は、その後のことは覚えていない。
すぐに終息したのだと思う。

拾いもの

学校から帰ると、家の前に人が集まっていた。

「元の所に返したらどうかね。」
「そんなもん、拾ってきちゃ迷惑だよ。」
大人の輪をかきわけて、中を覗いた。

人の手が、地面に置かれた手ぬぐいの上にのっていた。
手首から先。指は何かを受け取る時のように、上を向いていた。爪には泥が詰まっている。
見なけりゃよかった、と思った。

間もなく、御霊道の方からパトカーが登ってきた。
私は家へ駆け込むと、居間で話していた父と母に見つかった。

「あんた、見たでしょ。」
私の怯えた様子に、母が笑う。
「あれは霊よ。」
「でも…みんなに見えてる。」
「拾ったのは、御霊道で一番古い家の平井さん。見てるのは寺の住職さん、拝み屋のせつさん。見えて当たり前の人ばかり。」
「オレは、手ぬぐいの自慢でもしているのかと思った。」
父には見えない。

私は2階へあがり、窓から見下ろした。
「まて!こら!」
手首が5本の指を足のように動かして、御霊道を登ってゆく。
「誰かの忘れ物かねぇ。」
母は呆れた顔で見物しながら、念仏を唱えた。
住職が手を追いかける様子が面白かった。

「静江さんも人が悪いよ。あっちのもんとわかってたら、パトカーなんか呼ばなかった。」
夜、我が家にみんなしてやって来た。
「ごめんなさいね。お父さんが見えないって、パトカーを呼んでからわかったんですよ。」
「おかげで遺体はあがったが…。山菜採りの男が、崖から足を滑らせて亡くなったらしい。」
「手首は?ついてたの?」
「ついてたよ。死んだことを報せたかったんだろう。寺でも、よくそんな事がある。」
「警察に説明するのも、何といってよいのやら…。」
平井さんが汗をぬぐった。

寺には何が来るんだろう。私は聞きたくてたまらなかった。

「しかし、あれほどはっきりした霊は見たことないな。」
みんなで頷きあった。
遺体は有名な霊能力者だったと、後でわかった。

夜の海

「みのり、ちょっとこれ見て。」
夏休み明けの教室。
前の席の明日美が、ティッシュに包んだ写真を取り出した。
「昨日、○○の海で撮ったんだけど…。」

あ!あああ!
声を飲み込んだ。

海の中でピースサインを出す明日美。
まるで明日美を引きずり込もうとしているようにみえる。
カラー写真なのに、明日美以外はモノクロ。海は暗く、無数の腕が白く写っている。

「この時は何も感じなかったんだけど…。」
明日美は怯えている。
しかし私は霊感があるが、能力はない。
相談には乗れない。

放課後、お寺の住職へ相談に行った。
「海難事故の犠牲者だよ。よく引き込まれなかったもんだ。」
住職はため息をついた。
写真は寺に預けた。

「夜じゃなくて良かった。」
帰りがけに、住職がぽつりと言った。

私は夜の海には入らない。

樹海

高校では地学部に所属していた。
高校最後の夏、樹海へ洞窟の調査に入る事となり、許可を取って付き添いの顧問教師を探して、なんとか実現した。
顧問になってくれたのは、新任の女性の先生。誰でもよかった。
なぜなら調査は表向きのことで、私達は樹海で怪談会をする計画だったのだから。

当日は3年生の有志6人と地学部から6人。怪談ネタを持っている12人が集まっていた。
樹海の中には遊歩道があり、下見をしていたメンバーの指示で道を外れて樹海の奥へ進む。
樹海の中は起伏があり、少し奥に入るだけで車の音もしなくなる。
かなり入った所でテントを設営して、昼間のうちは本来の洞窟調査に入った。

地学部は男子4人、女子2人。全員が気心の知れた仲間だ。
6人のお客さんは洞窟が初めてで、楽しそうに探検気分だ。
はぐれないように声をかけ合いながら、何箇所もある穴に入った。

キャンプ地点へ戻り、日が落ちる前に食事のカレーライスを食べると、中心に穴を掘って小さな焚き火を灯して準備する。
いざ12人が円陣を組み火の回りに座ると、言い知れぬ恐怖が襲ってきた。
今更後には引けない。
座って、自分が話す内容を頭に浮かべていた。

その時、背後に何かの気配を感じた。
振り返ってもそこは漆黒の闇。地面からはジメジメとした湿気が這い上ってくる。
気持ちの悪さも、気配も考え過ぎだと否定した。

「真夏の怪談会にようこそ。とりあえず、左右の人の確認だけお願いします。また身体に異変があった場合はすぐに伝えて下さい。必ず何かは起こります。恐怖を感じたら離席してテントで休んで下さい。怖いと思った時には、すでにそこに何かはいます。」

私達はキャンプに出る度、怪談をして楽しむ。
皆このゾッとする感覚に憑りつかれている。

「前回のキャンプの時に、女子2名が手を繋いでお花を摘みにいきました。
あ、話し中でトイレに行く場合はお花を摘むと言うようにして下さい。
そして用を足しているときに、ハァハァと荒い息遣いが聞こえました。それどころか首筋に息もかかります。
変質者だと思い、隣のナミちゃんの腕をとっさに掴みました。とにかく真っ暗闇です。
『今パンツ上げるから待って!』
ナミちゃんが声を上げた瞬間に、ザッと木の葉が揺れる音がしました。
瞬間私は全力でナミちゃんを引き起こすと、引っ張って走ろうとしました。
その時、懐中電灯を置いてきてしまいました。
『大丈夫かぁ』
声がして、ライトが照らされると…。
最初から怪談じゃなくてごめんなさい。息遣いの正体は犬でした。」

スタートはエリのジャブで、そこから順番に話が始まった。
1話、2話と進み、3話目でお客さんの2人が頭が痛いと、教師に付き添われてテントに入る。
残っているのは慣れているメンバーで、皆話し上手だった。

「ねぇ…樹海は自殺者も大勢いるし、こんなの良くないと思う。」
私は背後に感じる気配に怯えながらも、部員たちに忠告した。
全く平気なのか、4話目が始まった。

瞬間、誰かがウワッと叫んで飛びのいた。
何かが目の前にいたのだろうか。
目の前は焚き火だ。人が立てるスペースなどない。私には見えなかった。

「ねぇ止めてテントに帰ろう」
私は忠告した。何度も。
3話目以降から見物人が集まりつつある。

私が怪談会に参加した理由は、仲間を心配したからだ。
ここは場所が悪過ぎる。
私には霊が見える。
公言してはいないけど、いざとなったら連れ戻す役目くらいはできる…だろう。
闇の中の物言わぬ気配。一つじゃない、ざわざわと…。
この気配を、見えない者にどうすれば伝えられるのだろう。

遊びでこんなことやっちゃいけなかった。
私は既に半ば金縛り状態となり、闇の中の何かと向き合っていた。
話し手の声は遠のき、何の物音も聞こえない。私は何かに肩を掴まれる。
金縛りを解くには、声を出すだけだ。
全身の力を集中して、身体中から声を出す。
実際に出した声は蚊の鳴くような声だった。

「みのり、大丈夫?」
私はテントの中で休んでいた。
記憶は無いが、自分からテントに入ったのだと言う。

怪談会は明るくなるまでやっていたらしい。
朝、お客さんの1人が消えていた。
つまり、女子生徒の一人が行方不明になった。
荷物はある。大騒ぎになった。
自分達で探し回ったが、見つからず11時頃、引率の教師の指示で帰宅することになった。
「後は地元の人と警察にお願いしたから、帰りましょう。」

結論から話すと、消えた同級生は急に帰りたくなったそうで、1人で先に戻っていた。
警察へ連絡した時には、既に家へ帰っていたという。

何も持たないで帰った?
しかも樹海の暗闇を1人で歩いて?
車もない。駅まで1時間歩いたとして、始発に乗っても朝10時には家に着かない。

あれは誰なんだろう。
話し方も、仕草も別人だ。
でも私がそれをはっきりさせて、何になるのだろう。
家族も、教師も仲間も、誰1人不審なことを口にしない。

彼女はどこへ行ったのだろう。
私は金縛りを解いて逃れたが、ひょっとして彼女は…。

25年後、同窓会で彼女を見かけた。
ひどく老けこんで見えた。他の同級生よりも20歳くらい老けていたように感じる。

誰にも話していない、私の中に封印し続けた話。

十万億土

祖父が亡くなった。
脳溢血で、あっけなくこの世を去った。
四十九日の法要の席で
「あの…」
母が読経をすませた住職に、膝でにじり寄った。

「家の人、まだ家にいるんですけど…」
「いや、そんなはずは…」
「じゃ、隣の部屋に…」

生前、祖父が使っていた部屋。先祖の仏壇もこの部屋にある。
本来は仏間だが、祖父は自由に使っていた。
天井までの高さの本棚。釣竿や油絵の道具、竹刀や木刀。
趣味がたくさんあった。

「ほら、そこに…」
窓の横の壁。
壁一面に、くっきりと黒いシミがある。
顔の形をしていると母が訴える。

「それに、昨夜は廊下ですれ違いました。私は見えないふりをしてやり過ごしたんだけど、いつまでもいられては困るもんだから。」
シミはその気になって見れば、祖父に似ている気もしなくはない。
「あんた、こりゃただのシミだよ。」
住職はそう言いながら、壁に向かい合って座った。

「いいかい、静さん。人は死んだら御霊道を通り、7日ごとに1つの門を抜ける。7回、四十九日であの世じゃ。
十万億土の道程を、南無阿弥陀仏と唱えて極楽浄土に向かうんじゃ。
忠一には、私が間違いなく引導を渡した。これはただのシミじゃ。」

言い終わらないうちに、住職が前につんのめった。
仏壇の鐘がチーンと微かに鳴った。
祖父と住職は幼馴染で、2人で色々悪さをしたらしい。

「忠さん、もう勘弁してくれよ。」

それから住職は7日ごとにやってきた。
祖父も諦めたのか、壁のシミは薄くなり、四十九日には消えた。

「寂しいなぁ。忠さんは十万億土のかなたか…。」
住職がしみじみ言った。

我が家は四十九日の法要を2度繰り返した。

呪い

友美の墓は、ひっそりと立つ山寺の裏にある。
大小様々な墓石がずらりと並び、地蔵様も置かれている。

墓石に刻まれている年齢は、享年12才、18才、22才。
みんな若くして亡くなっている。
胸が痛む。

墓参りをすませ、美咲と別れた。
季節は夏。夕暮れの風景はぼんやりと、不確かだ。
私には霊が見えてしまう。
霊道には、あの世に行きそびれた霊が、そこここにいる。

家のはす向かいの路肩に、老婆が座っていた。白い着物から細い足が見えている。
私はこの老婆の生前を知っている。
知っているだけに、恐ろしい。

ここが霊道と知る人は何人いるだろうか。私の田舎にもあった。
霊道を上れば、あの世に行くと判っているから、上ることをためらうのか。
多くの霊が、この老婆のようにさ迷う。

私は目を足元に向け、早足で通過する。
老婆が不意に立った。
私は恐怖で金縛りにあったように立ちすくんだ。
老婆が、手に持っていた水色の布を、私の肩へ掛けた。
そして道端にまた座り込む。
老婆は私を見て言った。

「寺に持って行け。」

老婆の懐から、黒い毛むくじゃらの生き物が顔を出している。
「こいつが引きずっていた。ふっ、ふっ。」

死者と口をきいてはいけない。
私は来た道を引き返し、寺の石段を上る。
境内にいた住職に近づくなり、私は布を預けて逃げ帰った。

「こりゃ着物のようだが…。恐ろしいような気配だな。」
後日、また寺へ足を運んだ私に住職が言う。
「わしは呪いというものを、初めて見た。」
住職が風呂敷きをほどくと、着物と一緒に一握りの黒髪が出てきた。
黒髪は着物の襟に縫い込まれていた。
着物に中には、四角に畳まれた和紙。

―イタガキマツダイマデミナゴロシ―

「あんた、板垣の家に行ったか?」
「墓参りに行きました。」
「危うい所だったな。おおかた墓で憑きものを背負ったんじゃろ。おしのさんに助けられたか。」
おしのさんは、あの老婆の名前だ。

―イタガキ、マツダイマデ、ミナゴロシ―

友美の姓は、板垣。
呪い…。

どこの誰が、板垣を呪ったのか。
住職も
「そんなことは噂すら知らない。よほど古い時代のことだろう。」
と言った。

翌日、住職と共に板垣の家へ行った。
家の奥の仏間にはずらりと遺影が並ぶ。
友美の遺影もある。

住職が「あぁ」と、写真を見上げた。
友美は水色の着物を着ている。あの着物だ。

「成人式に撮った写真ですよ。」
友美の母が言った。
「あの着物は、祖母のか伯母のか…。新しいまましまってあったから。」

住職はなにも言わず、長いお経を唱えた。
他の遺影はモノクロームで、着物の色はわからない。

こっくりさん

学校で、こっくりさんという遊びが流行った。
紙に鳥居と、出口と入口を書き…。
使うのは5円玉だったか、10円玉だったか。

私はまだ祖母が生きている頃、本物のこっくりさんを見てしまった。
近所の老人たちが、祖母の部屋に入ったきり出てこないので、覗きに行った。
襖の隙間から見ていると、祖母が気付いた。

「おいで。何かの役に立つかも知れないから、見ておくといいよ。」

道具はコインではなく、台所で使うある道具。
これは口止めされているので言えない。
こっくりさんを呼び出し、入口から受け手の者に降ろす。つまり乗り移らせるのだ。
学校で流行っているのは、単なる遊び。

私はうっかり口を滑らせ、クラスメイトの女子に詳しく話してしまった。
その子は翌日、道具を揃えて実行した。

「みーちゃん、ちょっと。」
母が険しい顔で電話を握っていた。
「学校から電話。お母さんも一緒にすぐ来なさいだって。何かあったの?」
この時は想像もつかなかった。
学校までは5分くらい。母と急ぐ。

校舎の時計台に、セーラー服がある…。
クラスメイトの麻里だ。
時計台は2階建ての校舎より、1メートルくらい高い。

「動物霊が憑いてる!」
母は見るなり囁いた。
すぐに校長を見つけると、しきりに何か話している。
時計台の足場はわずかしない。
こっくりさんをやるなんて、軽はずみに賛同してはいけなかった。
「教室の窓をジャンプして越えて、ギャーって叫びながら登っていって…」
友人達は動揺して泣いている。

麻里は四足で座り、見上げる者を威嚇している。
目つきは鋭く、普段の麻里とは明らかに違う。
間もなく来た消防士に、抱きかかえられて降ろされた。
そして駆けつけていた寺の住職が除霊をし、事無きをえた。

学校では、こっくりさんが禁止になった。
学校側は、麻里が持病の発作を起こしたと説明した。

本物のこっくりさん、私は試していないし、その後誰にも話していない。
こうして、不思議はこの世から消えてゆく。

祖母のこと2

私は施設を出てからはおばさんと共に暮らしていたが、すぐに出て今は1人暮らしをしている。
秋の連休に、専門学校の仲間と1泊の旅行に出かけることになった。
荷物をバッグに詰め、遅い夕食を食べていると、ドアチャイムが鳴った。

時計を見る。11時近い。
ドアのレンズから覗く。

ばあちゃん!

死んだはずの祖母が、満面の笑みで嬉しそうに立っている。
思い切ってドアを開けた。
祖母は生前よく着ていた灰色の和服姿で、大きな荷物を担いでいた。
昔、行商のような仕事をしていた気がした。

「なんか腹が減ってな…」
「ご飯と味噌汁くらいならあるよ。あ、卵も焼くね。」
ちょこんと正座している姿がおかしい。
「うまいなぁ。うまい、うまい。」
祖母は米粒ひとつも残さず、綺麗に食べ終えた。
死んだことに気付いていないのかな?
私は何食わぬ顔で話をする。

「さぁさぁ、腹もいっぱいになったし、帰るとしよう。よっこらしょ。」
再び荷物を担いで、ドアを開けた。

「みのり、明日墓参りに来ておくれ。身内が誰も来ないから、あの世で肩身が狭くてかなわん。」
急に言われても、明日は旅行がある。
「あ、でも明日は…」
祖母は振り向いて、じろりと睨む。
そのまま残像をわずかに残し、掻き消えた。

やはり幽霊は怖い。恐ろしさに体がすくんだ。
すぐに、一緒に旅行へ行く予定だった友人の里美に断りの電話をした。
「えー!そんな理由?」
信じてもらえる訳はないけど、嘘もつきたくなかった。
翌日は田舎へ戻って墓参りを済ませた。

その日、友人達を乗せた観光バスが高速道路で玉突き事故に遭った。
バスの乗客から死傷者が出た。

「みのりのおかげで、皆無事よ。」
私の話を聞いた里美は、嫌な予感がしたらしい。
最初に立ち寄ったサービスエリアで、交通安全のお守りを買って配っていた。
「私、考えたの。おばあちゃんの霊が来たって…嘘ならもっとまともな嘘をつく。こんなんでもご利益抜群で良かった。」

小さいキーホルダーのキャラクター人形の下には「交通安全」と書かれた札がぶら下がっていた。

ホテルにて

「あっ、まただ。」
美咲がドアのナンバープレートを見上げる。
「みのりとホテルに泊まると、ルームナンバーが9とか4ばかりなんだ。」

気がつかなかった。
都心のビジネスホテル、ルームナンバーは429。
「死に行く…なんてね。普通はこんな数字は付けないんじゃない?」
美咲の悪い冗談に、胸騒ぎを感じた。

私と美咲は年に2、3回旅行へ行ったり、都心のホテルで過ごしたりしていた。

「わっ、タバコ臭い!」
部屋に入るなり、美咲が窓を開けた。
「ねぇ、部屋替えようよ。」
顔をしかめる美咲。
「ここでいいよ。」
と、軽くあしらった。

私はふと、今日が板垣友美の命日であることを思い出した。
亡くなってまる4年。煙草が好きだった友美。
私達は、3人でいつも一緒だった。
女同士で、他愛もない話しをする。
恋愛のこと、好きだった先輩のこと。
いくら話しても、話題はつきなかった。

深夜2時、ベッドに入り明かりを消した。
プルルル
ベッドサイドの電話が鳴った。

「あたし、そろそろ行くね。」
友美がベッドから下り、窓を開いた。

「友美!!!」

私はウトウトしながら、どうやら途中で美咲ではなく友美と話していたらしい。
だけど友美は亡くなった。

「美咲、ダメ!」

窓枠によじのぼろうとしている美咲を必死にひきづり下ろした。
ここは四階。落ちたら、死ぬ。

「友美、だめよ美咲を連れていかないで!」
「…だって、さみしい…」
いつから美咲に憑依していたのか。

「明日、お墓参りに行くから…」
「美咲、しっかりして、美咲。」
私は美咲の背中を平手で叩いた。

「ん…あれ…?私、なんで床に寝てるの?」
美咲が戻ってきた。

翌日、2人で友美の墓参りに行った。

四天王

電話の音に目が覚めた。
高校の時の部活の先輩からだった。

「友美が来ているから、逢いに行こう。」

私と友美は同じ地学部だった。
迎えに来たのは2つ上の部長と美咲。
3人でいつも一緒に行動していた美咲と友美と私は、部長から女子3人組とひと束扱いだった。

赤い車の助手席に美咲が乗っていた。
私は後部座席に座りながら、見慣れない風景をぼんやり眺めていた。
椿の垣根がある路地だ。家の近くにこんな景色なんてあっただろうか。
赤い花をポツポツつけている。

「さあ、着いたよ。友美来ているかなぁ。」
先輩に促されて、石段を登る。
20段ばかりで広い境内が見えた。
境内は白と黒の玉石が敷き詰められていて、普段よりも格調高く凛とした空気に触れた。

階段を登った右手に鐘楼がある。
鐘楼には4人のたくましい半裸の男が四方を見つめ、あぐらをかいて座っている。
境内には薄い霧が流れ、本堂の横から階段が遥か上まで続いている。
上は霧の中でどこまで続いているのか見えない。

ふと見上げた時、階段の上に友美の姿が見えた。
美咲が駆け出す。
友美もこちらに気がついたのか、階段を駆け下りてきた。

水色のブラウスに白いスカート。友美はそんな服は着ないし、好きじゃない。
友美と美咲が抱き合って泣いている。先輩は頭を垂れて立ちすくんでいる。

友美と目が合った。

ごめん友美、私は行けない!あなたは死んだのよ。
私は怖いの、ごめんね。
私は心の中で泣いた。どうしても足が先に進まない。
先輩が友美の所へ駆け寄ると、美咲を引き離して背負って戻って来た。

「友美、階段を上るんだ。またいつか逢おうな。」

先輩は片手で私の手首を握ると、美咲を背負ったまま境内に背を向け石段を下り始めた。
せっかく友美が逢いに来たのに、私は行けなかった。
なんてひどいことをしたんだろう。友美ごめんね、ごめんね。

泣きながら目が覚めた。携帯が鳴った。
「夢を見たんだ。」
先輩の太くて優しい声。
「うん、私も。」
先輩もそれきり何も話さないで電話を置いた。

その後、美咲には度々会っているけど、全くその話はしてない。
先輩はその後1度だけ会った。
「気にするなよ、友美もわかってくれてる。」
と言っていた。

あの日のことは、実際の体験だったと受け止めている。
それから数年して、私は携帯の画面に釘付けとなった。

四天王の説明を偶然目にしたのだ。
あの鐘楼に座っていたのは四天王なんだ。
いつか私もあの階段を上るのだ。
友美ごめんね、あなたの顔は半分ケロイドだった。怖かった。

私は自分の冷たさと、自己保身の強さに気づいた。

前の話幽霊のイラスト次の話

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