恐怖の泉

実話系・怖い話「大事な祠」

私のおじいちゃんの家の敷地には、お稲荷さんを祀っているという小さな祠がありました。

おじいちゃんは祠をとても大切にしていて、中身を見せてくれないだけでなく、自分以外は触ることも許しませんでした。
一度、私が何気なく触ろうとしたら
「何をしてる!絶対にそんなことをしてはいけない!祟られるぞ!」
と凄い剣幕で叱られた事がありました。

普段は優しく穏やかなおじいちゃんでしたから、目を吊り上げて怒るその顔は思い出すだけでもすくみ上ります。

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それがある日、諸々の事情で家を建替える事となり、祠が邪魔になってしまいました。
大工さんは
「あれがあると家をいびつな形状に建てなければならない。何とか出来ませんか。」
と相談してきたのですが、おじいちゃんは
「いや、あれは絶対に移動してはいけない。移動などしたら祟られてしまう。」
断固として反対し、工事が思ったように進みません。

祠の詳しい事はおじいちゃん以外、誰も知りません。
家族で1人だけ違った意見を主張するおじいちゃんは、次第に疎まれるようになってしまいました。

「どうしたんだろうね?あんな人だったかな?」
「なんだか見損なったよね。いつもは理解するし、反対なんてしない人なのにさ。」
「いっそのこと、いなくなってくれれば祠も処分出来るのに…。」
なんと、おじいちゃんの存在自体を嫌う親族まで現れる始末です。

おじいちゃんは家の中でどんどん孤立していきました。
おじいちゃんが来ると、皆がサッとその場を離れてしまいます。
遂には一緒に食事をしたくないと、おじいちゃんだけ食卓を別にされてしまったのです。

おじいちゃんっ子だった私は、そんな状況を見て悲しくなりました。
そして何とかしなければと思い、行動を起こします。

まず、おじいちゃんからあの祠についての情報を引き出してみる事にしました。
ですが心を閉ざしてしまったおじいちゃんは、私にすら口をきいてくれません。
でも私が諦めたらダメだと思い、しつこく話かけます。
それと平行して、ご利益があるのか分かりませんが、祠へ小まめにお祈りをしました。

これを何ヶ月か続けた頃でしょうか。
「ちょっとこっちへ来なさい。」
私がおじいちゃんに呼ばれて付いていくと、やっとおじいちゃんから祠の話が聞けたのです。

おじいちゃんが言うには
「あのお稲荷さんは、おじいちゃんのお父さん、お爺さん、更にはそのご先祖様まで、ずっと受け継がれて大事にされてきた物だ。だからこれからも大事にせねばならん。」
「そうなんだ。大事な物なんだね。」
「あぁ、そうなんだ。」

え?これで終わり?
あまりに内容の無い話に、私は耳を疑いました。

「…おじいちゃん、つまりあの…お稲荷さんは大事にされてたから大事にしてたって事?」
「まぁ、うん…そうだな。そういう事だ。」

驚きです。
何かすごい曰くがあるのかと思いきや、これといった深い意味など無かったのです。

おじいちゃんは
「受け継がれた物を大事にするのは重要だが、それを守り過ぎて本当に大切な家族に波風が立ってしまっては仕方がないよな。私もやり過ぎた。お前にも迷惑かけたな。」
と言って恥ずかしそうに笑います。
いや笑いごとじゃないよ、と私は突っ込みを入れました。
何せ、危うくおじいちゃんが家族から爪弾きされる所でしたから。
こうして無事にお稲荷さんの祠は敷地の端へ移動して、家を建てる事が出来ました。

その後は移動した事による祟りなど皆無で、おじいちゃんは90歳の長生きで天寿を全うしました。
家族も皆、大きな病気や事故もなく平穏な人生を歩んでいます。

しかし最後に、一つだけ気がかりな事があります。
おじいちゃんは穏やかな今際の時で、親族が見守る中で静かに息を引き取ったのですが…。
私が
「おじいちゃん、良い人生だった?」
と尋ねると
「あぁ、お稲荷さんに許してもらえて良かったよ。」
と言っていたのです。

おじいちゃんが亡くなった後、祠の中を確認したら空っぽでした。
家族に尋ねても「おじいちゃんが管理していたから」と、知る者は誰もいません。
やはりあの祠には、おじいちゃんしか知らない重要な何かがあったのでしょうか…。

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