恐怖の泉

実話系・怖い話「幼い娘が小川に向かって」

紅葉が美しい時期に、中部地方の山岳地帯にある古刹を訪ねました。
3歳の娘と母子で楽しくドライブしている気持ちで寺に到着し、山門に続く道を登り始めました。
歴史のある仁王門をくぐり、本堂まで続く階段に沿って、ゆるく細い川が流れています。

その古刹までの参道は、羅漢像が立ち並び、羅漢像の中に必ず知人に似た物があるそうです。
赤い帽子やベビー用の帽子をかぶった羅漢像それぞれの前に、ランドセルや供物の果物、酒、煙草などが乱雑に納められ、新しい物もけっこうあります。

子どもの頃からこの寺を何度も訪れたことがある私は、それらの供物について深く考えたことはありませんでした。

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秋の日差しを浴びた小川はきらきらと光って落ち葉を運び、小さな娘は勾配のゆるい坂を嬉々として登っていましたが、ふと足を止め、流れを誘導するコンクリートの端に座り落ち葉を一枚一枚丁寧に積み始めました。
その時は通路の端でもあり、他の観光客の通行を妨げるような場所でもないので好きにさせていました。

暖かな昼下がりでのんびりした気分でしばらく娘を眺めていましたが、落ち葉の積み方に法則があるような気がして、娘と並んで座り落ち葉を何枚重ねたか数えてみました。
すると、7枚づつ重ねた山が4つあることがわかりました。
ふいに娘が言いました。

「なのか、しじゅうくにち、しちねん、しじゅうくねん…」

まだ九九も知らない子どもが何を言い出すのだろうと思っていると

「無理に全部食べなくてもイイからね」

川に向かって娘がこう言っているのを全て聞かず、私は娘を抱き上げ、駐車場まで転がるように走り戻り下山しました。

七日と四十九日といえば、葬礼から追善供養の日。四十九年をもって仏になる……
いや、3才の娘がそんなこと知ってるわけがないのに。

そのうえ「全部食べる」って何?
葉の上に想像上の何かを乗せていたのだろうか?
それとも葉っぱそのものを食べるってことか?

思わず川から上がってきた何かが、そーっと手を伸ばす様子を連想してしまいました。

その何ものかは、娘が備えた葉っぱを食って満足しただろうか?
羅漢像に供えられたランドセルの持ち主は?
羅漢像の頭に乗せた、手編みのベビー用帽子の持ち主に何があったのか?

今まで気にしていなかった事が一気に気になりだしました。

もしかして、七つの山を完成させてやった方が良かったんだろうか?
本堂でお祓いをしてもらうべきだったか?

未だに疑問がぐるぐる回っています。

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