恐怖の泉

上級者向け怖い話「犬の餓死」

ある芸術家が、餓死寸前の犬を展示して
「犬の餓死」
という作品を発表した。
しかも
「これはまだ最初の布石に過ぎず、私が表現しようとする芸術の準備段階だ。」
と宣言した。

「犬の餓死」という作品だけでもかなり非人道的なのに、それが準備段階に過ぎないという発言で、芸術家には非難が集中した。

【原作】犬の餓死【朗読版】
「上級者向け怖い話12連発 -ざつおん-」のサムネイル画像
※この話は原作者から正式な許可を頂いて掲載しております。

ネットで芸術家のブログは炎上し、自宅には反対するグループが抗議に押し寄せ、それらをマスコミが取り上げ更に盛り上がり、収拾がつかない程に社会問題化した。
それを受けて芸術家は新たなコメントを出した。

「次の展示に使う犬は、保健所で処分される予定の犬を使用することにします。
助けたい人がいらしたら、どうぞご自由に。」

次の展示が行われる日、美術館には初めて開館前に行列ができていた。
並んでいるのは、鉢巻をして襷をかけた抗議団体、興味本位で初めて美術館に訪れましたというような一般人、そしてそれらを面白可笑しく撮ろうする撮影者。
100人以上が集まっていたので、美術館はいつもより早く開館した。

開館すると皆が真っ先に「犬の餓死」が展示されている前に集まった。
そこには前回と同じように、動く元気も無いような犬が元気なく伏せっていたが、傍に立ててあった看板だけが前回と違っていた。

「助けたい人がいらしたら、どうぞご自由に。」

群衆が静かに周りを伺っていると、1人の老婦人が手を挙げた。
「この犬を引き受けたいのですが。」
すると奥から芸術家が現れ、わかりましたと犬の縄を看板から解き、老婦人へ手渡すとまた奥に下がっていった。
縄を受け取った老婦人が屈んで「もう大丈夫よ」と言って犬の頭を撫でると、自然と拍手が巻き起こった。
しかしそんな中、芸術家は再び奥から飄々と現れ、また連れてきた犬を看板に繋いだ。
どういうことだと詰め寄られるが特に気にすることもなく、芸術家は
「今日は10匹連れてきましたから、後9匹いますよ。」
と答えた。

人々は唖然としたが1度できた流れは変わらず、次々と挙手する人が現れた。
こうして芸術家は機械的に犬の受け渡しを9回済まし、その日の展示は終了した。

マスコミはその様子を何度も放映し、国民もその美談に酔いしれた。
芸術家はその後も精力的に展示を行ったが、「犬の餓死」という作品が完成することはなかった。
どこの美術館でも用意した犬は全て貰い手が現れたからだ。
それは数を増やしても変わらなかった。
展示の度に生成され続ける美談がブームを作り、いつしかある噂が囁かれていた。
「あの芸術家は、処分予定の犬達を救うためにこんな展示を始めたんじゃないだろうか」
と。

しかしある時、芸術家は突然展示を止めた。
ブームの最中だったので人々は不思議がり、とある記者も当然のように尋ねた。
「噂では処分予定の犬を救うためにこの展示をしていたとのことですが、本当でしょうか?」
芸術家は答えた。
「いいえ違います。それにもしそれが目的ならば、展示を止めるなんておかしいでしょ?」
最もな話だ。

「では何のために展示をして、そして何故展示を止められるのですか?」
記者の質問に芸術家は言った。
「それはこれからわかります。そして私の準備はこれで終わったので展示を止めようと思います。
どうぞ皆様これから行われる出来事をお楽しみください。」
そして展示は終わった。
謎めいた発言は話題になったものの、その後も特に何かが起こる訳でもなかったので、すぐに忘れ去られた。

そして数ヶ月後。奇妙な現象が起こり始めた。

全国各地の公園等に、痩せ衰えた犬が次々と放置され始めたのだ。
「助けたい人がいたら、ご自由に。」
と書かれた張り紙と共に。

犬を引き受けたは良いものの、ほとんどの人は数ヶ月も経つ頃には飼うことが嫌になっていた。
どうしたものかと考えつく先は皆同じで、それは芸術家が用いた手段だった。

直接捨てたり保健所に連れて行くよりも心が痛まない。
悪いのは、助けることができたのに助けることなく見ていたやつだ。

こうして「犬の餓死」は完成した。
多くの人の手によって、完成したのだ。

スポンサーリンク

TOP