恐怖の泉

実話系・怖い話「調子はどうだい」

何年か前、夜中に体調不良となった私は、吐気でトイレから出られなくなるという事態に見舞われてしまいました。
朝方には体調も戻ったのですが、微熱があったので仕事を休んで病院へ行く事にしました。

血液を採取して診察が終わり、あとは結果を待つのみ。まぁ後は薬を貰ってすぐ帰れるだろうなと思っていたのですが…。
「ん~これは入院ですね。」
「え?入院ですか?」
私は耳を疑いました。

診断結果は胃腸炎でしたが、血液の炎症値が高過ぎるとの事で、まさかの入院治療となってしまったのです。
入院したくない!と交渉はしましたが、聞き入れられず人生初の入院をする羽目になりました。

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急な入院だった為にベッドも空いておらず、少し離れた個室が私の部屋です。
「ちょっと離れるけど、何かあったら呼んでもらえればすぐに来ますので。」
元気な看護師さんに部屋を案内されて、入院生活が始まりました。

それにしても、やる事がありません。
食事は絶食治療の為に無し。常に点滴をしているので何をするにも億劫です。
突然の入院でしたから、暇を潰す準備もしていません。
私はとにかく寝て過ごす事にしました。

夜中、ふと目が覚めた私は催したのでトイレへ向かいます。
用を済ませて手を洗っていると、不意に後ろから声をかけられました。

「調子はどうだい?」

びっくりして振り返ると、そこには痩せた60代くらいの男性が立っていました。
「あ~、あまり良くないみたいで。食事が出来ないんですよ。」
そう答えると、その男性は嬉しそうに笑みを浮かべ、トイレから出て行ってしまいました。
一体何だろう、とは思いましたが、私も部屋へ戻って再び眠りにつきました。

その男性とはその後も廊下等でちょくちょく出会ったのですが、何かおかしいのです。
相手は私に対して「調子はどうだい」と尋ね、私が答えると笑いながら帰るのですが、それだけなんです。
こちらとしては世間話でもしようかと試みるのですが、話かけても無視して帰るので会話が成り立ちません。
会話をする気が無いのなら、なぜ話かけてくるのか…。

入院3日目で、私の点滴が外れて食事が提供されました。
食事とはいっても、ご飯はデンプンのりのようなドロドロの液体と、薄い具無し味噌汁だけ。
それでも味覚を刺激され、食べ物の有難みをしみじみ実感します。

その夜、トイレへ行くとまたあの男性と遭遇しました。
やはりまた「調子はどうだい」と一方的に質問してきます。
私はその方の態度への不満と、食事が出来るようになった嬉しさも相まって、こう応えました。
「お蔭様で、やっと点滴がとれました。食事も出来るようになって、後は退院するだけですね。」

すると男性は、私の返答を聞いた途端にガッカリした表情をしたのです。
普通なら礼儀でも他人の回復を喜ぶべきだと思うのですが、不快に思った私が何も言い出せない程、あからさまに落胆しています。その様子に、私はかける言葉もありません。
男性はとぼとぼと部屋へ戻ってしまいました。
それからは、その男性と会って「調子はどうだい」と尋ねられる事はありませんでした。

食事も次第に普通食へ戻ってきた私は、散歩がてら病院内を歩くように心掛けました。
広い病院とはいえ自分の居るフロアに飽きた私は、他の階へも足を運んでみます。

うろうろしていると、ストレッチャーに患者が乗せられて移動している場面に遭遇しました。
「これからお風呂ですよ。さっぱりしましょうね~。」
看護師さんの会話から推察するに、こらから入浴にでも行くのでしょうか。
患者さんの方はというと、寝たきりで全く反応がありません。
私は廊下の端へ移動し、邪魔にならないよう配慮します。
そしてすれ違う瞬間、患者さんの顔を見て私はギョッとしました。
その患者さんは私に「調子はどうだい」と尋ねていた、あの男性でした。

その足で私はナースステーションへ向かい、良くないと思いながらも気になっている事を尋ねてしまいました。
「今、寝たまま運ばれた患者さんはどういったご病気なのですか?」
「あ~ごめんなさいね~。そういったプライベートな事は答えられないんですよ。」
「ですよね。私、下の階で入院している者なんですけど、よくあの人から声をかけてもらっていたので気になって。すいませんでした。」
私がそう言った瞬間、変な空気になって看護師さん達が顔を見合わせます。
そして看護師さんの1人が
「え~見間違いじゃないですか?あの方はずっと寝たきりで意識も無く、歩けたとしたら家族の方が泣いて喜びますよ。」
と言うではありませんか。

私は退院してから今の所は、大病も無く健康に過ごしています。
寝たきりの男性はその後どうなったのでしょうか。気掛かりではありますが、赤の他人である私では詮索も出来ません。
私へ声をかけた男性は一体何だったのでしょうか。あの嬉しそうな笑みと、ガッカリした姿を思い出すと、複雑な心境になります。

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