恐怖の泉

実話系・怖い話「夜勤のお客さん」

これはタクシー運転手をしている、私の父から聞いた話です。
話を聞いたのは10年くらい前のことなのですが、ここで打ち明けさせてもらいます。

父は歩合が良い事から、当時は主に夜勤でタクシーを走らせていました。
その日は朝から小雨が降っていて、雨足は夜になる程、酷くなるようでした。
天気予報の
「今夜は大雨の予想なので、お車を運転される方は注意して下さい。」
という知らせで不安になった私は、父に
「こんな日の仕事は、休んじゃえば?」
と声をかけたことを覚えています。

「大丈夫。夜の方が車を回しやすいんだよね。道路も混んでないしさ。下手な車がウロウロしていることもないし、なんせ給料もいいから。」
と父は言います。
私はとにかく気を付けてね、としか言えずに父を見送りました。

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夜勤に出た父は、昨晩と同じように車を回していたそうです。
すると本社から無線で、時間指定のお客さんがあると連絡が入ります。
郊外にあるAバス停付近に、夜の23時に車を付けてほしいという予約でした。

Aバス停というのは山間にあるバス停で、近くにあるものといったら霊園と老人ホームくらい。そのため夜になると人気はありません。
大雨の中、父は22時50分を少し回った頃に車をつけました。

父がお客さんを待っていると、23時きっかりに「ごめんください」という声が後ろから聞こえたそうです。
えっ?と驚き振り向くと、着物姿の女性がいつの間にか後部座席に座っていました。

(あれ?車のドアは開けていないはずだけど…。雨で気付かなかったのかな。)

違和感があったものの、目の前にお客さんがいる訳ですから、父は仕事をします。
「どこまで行きましょう?」
すると女性は
「ちょっと待ってくださいね。」
と言って、黙ってしまいました。

父が女性の返答を待っている間も、雨足はさらに強くなります。
「台風でもないのに、嫌な天気ですね~。」
気まずい沈黙をうめようと、父は必死に話しかけたそうです。
女性はというと
「ええ。でも私、雨の方が好きなんですよね。晴れていると何だか落ちつかなくって。」
と返し、珍しい人もいるもんだなと父は思ったのだとか。

「運転手さん。お金はきっちり出しますから、行けるところまで車を走らせてください。」

お客さんから出た言葉に、父はびっくりして「え?」と言葉に詰まったものの、女性の表情は真剣でした。
(まぁ走っているうちに、女性の気が変わるかもしれないな…。)
そう思い、引き受けない訳にもいきませんから、父は車を動かします。

ところが走行中、タクシーの調子がおかしくなったと父はいっていました。
カーナビの表示を押してもGPSがうまく作動しない。
本社との無線も繋がらなくなりました。
(雨でおかしくなったのか?)
このままでは良くないと感じた父は、一度車を止めてお客さんに話かけることにしました。

「お客さん。この辺はたまにしか走らないのですが、いかんせん土地勘がなくって。もしよかったら、道案内をしてくれませんか。」
そう言いながら父が後部座席の女性に話かけたのですが、乗っていたはずの女性がどこにも居なかったそうです。

その代わり、後部座席には1枚のハンカチが置かれていました。
父が中身を確認すると、そこに便箋と1万円札があり、こう書かれていました。

「束の間の時間、ありがとうございます。おかげで心残りなく、天国に旅立てます。」

後から知ったのですが、Aバス停付近の山で飛行機が墜落した有名な事故があったそうです。
父はこの話を私にしてくれた時に
「もしかしたら事故で亡くなったお客さんなのかもな。」
とも言っていました。

父はこの1件以来、事故のあった日には必ず慰霊碑へ手をあわせに行っているそうです。

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