恐怖の泉

人間の怖い話「仕事のプライド」

私は美味しい物を食べる事が趣味の人間です。
自分で作ったりもしますが、一番好きなのはお店での食事でしょうか。
出された料理に舌鼓を打ちながら、その場の雰囲気も楽しむ。
自分なりに名店を選出して再び足を運び、食後に「あぁ来て良かった」と思える瞬間は格別なものです。
そんな私ですが、1件だけどうしても忘れられない店がありまして。その話をさせて頂きます。

もう随分と昔ですが、当時の私はラーメンにハマっていました。
流石に毎日とまではいきませんが、かなりの数を食べたと自負しています。
そうしているうちに、他の誰も知らない、私だけの名店がないものか。常々探し回っていました。

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そんなある日、1人で散策していると自宅から少し離れた位置に、とあるラーメン屋を発見したのです。

そのラーメン屋は昼近くだというのに、行列どころか誰も入店していませんでした。
今ではネットで口コミが調べられたりしますが、その頃はまだインターネットも普及していませんから、事前情報は何もありません。
お店は外見も汚らしく、正直に言って閉店間際といった印象がします。
普通の人であれば、そんなお店は警戒して誰も入りたがらないはずです。
ですが私は逆に気になって、人は避けるが隠れた名店なのではという一縷の望みを掛けて、食べてみる事にしたのです。

入店すると
「いらっしゃいませ~。」
と、気の良さそうな中年女性が挨拶をしてきました。
厨房には気難しそうな親父さんが、黙々と作業をしています。
どうやら夫婦で切り盛りしているようです。
「ようこそいらっしゃいました。空いてる席へどうぞ。」
言われるまま近くの席へ座り、辺りを見回します。

店はかなりの年期が入っているようでした。
壁や天井には油汚れがこびりつき、ちょっとやそっとの掃除では落ちそうにもありません。
メニュー表も使い古されてくたびれており、長く使われてきた事が伺えます。
が、表記されているメニューはとても少なく、ラーメンも「ラーメン」と書かれた1つしかありません。

(ひょっとすると、強いこだわりのある頑固親父の店か。これは期待できそうだ。)
すっかり良いように解釈した私は、迷う事なくラーメンを注文しました。

チビチビと出された水をすすっていると、ついにラーメンの到着です。
見た目は普通の醤油ラーメンで、澄んだスープが特徴といった感じでしょうか。
早速、実食です。

(これは…!!!)

私はあまりの事態に衝撃を受けました。
ラーメン、もの凄く美味しく無かったんですよね…。
薄いし、味も深みなどゼロでしょっぱいとしか感じられません。まるで茶色い塩水。麺もボソボソして最悪な食感です。
どうしたらこうなるのか。全く理解に苦しむ1杯でした。

お店というのは、やはり売り物である食事はどんな所でも最低ラインは超えているものです。
そうでなければ成り立ちませんから。
ですがこのラーメンは、そういった理を完全に無視していました。

あまりの不味さに、ラーメンが喉を通りません。
食の進まない私を見かねたのか、親父さんが声をかけてきました。

「どうした、兄ちゃん。箸が進んでねぇじゃねぇか。不味いのか?」

そんな事を言われても、ハッキリと答えられる訳がありません。
言葉を濁して誤魔化していると、親父さんが語気を強めて言います。

「俺はな、自分の仕事にプライドとこだわりを持ってやってきてる。
だから客も、店に入ったからには同じような気持ちで食ってもらいてぇんだ。
俺のラーメンが不味いと思うのは、お前の感覚がおかしい。まだまだ未熟だって事だ。
スープも全部残すなよ!残したら倍の金払ってもらうからな!!」

唖然としました。
思わず女性の方を見ると「ごめんなさいね」と言わんばかりの表情で、目が謝っています。
食べずに倍の料金を払って店を出ても良かったのですが、あいにく倍となると私の所持金が足りません。
意を決した私は、無理やり水でラーメンを流し込み、完食する事が出来ました。

席を立って会計しようとすると、1人の客が入って声をかけてきました。
「お!珍しいねお客さんかい。お兄さん、何食べたの?ラーメン?」
はい、と私が答えると、その客は
「あれ食べたの!大変だったね~!美味しくなかったでしょ?」
と声をあげます。
すると親父さんが
「変な事言うんじゃねぇよ!俺の店潰す気か!」
と声を荒げました。

客「いやラーメン屋が不味いラーメン出してたらいかんでしょ。」
親父「大事なのはプライドとこだわりなんだよ!何もわかってないヤツが口出すんじゃないよ!」
客「相変わらず人の話聞かないね~昔は良かったのにさぁ。俺はいつもの餃子とビールお願いね。」
そんなやりとりを横目に、私はそそくさと店を出ました。

帰宅後、私はお腹の調子が悪くなり嘔吐。
下痢も続き、散々な目に遭いました。

その店のラーメンはもう二度と食べたくはありませんが、私の忘れられない1杯となった事は間違いありません。
仕事にプライドとこだわりを持ったとしても、それが間違った方向にならないよう気を付けようと、教訓として実感した体験でした。

ちなみにその店は潰れて、跡地は駐車場となっているようです。

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