恐怖の泉

実話系・怖い話「樒の僧侶」

私は霊感がある人間なのですが、これはそんな私が実際に体験したお話です。

ある日の晩、私はなかなか寝付けずにいました。
すると遠くから澄んだ鐘の音が聞こえてきたのです。

最初は耳鳴りか、気のせいかと思っていました。
蒸し暑い夏の深夜で、眠れないまま聞くともなく、私は目を閉じます。

チーン…チーン…

微かな音は次第に近く聞こえ、なんだか怖くなった私はいつの間にか耳を傾けていました。
音はその後遠ざかりましたが、明け方にいつの間にか眠るまで微かに聞こえ続けていました。

それからというもの鐘の音は毎晩聞こえるようになり、私は眠れぬ夜を過ごすようになります。
これほど気になるなら、音の正体を確かめてみよう。
そう思った私は思い切ってアパートの階段を下り、塀の影に隠れて路地の入り口を見つめました。

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小さな街灯が辺りをぼんやりと照らしています。
音は微かですが確かに聞こえて、私の手は緊張からか汗にまみれているのを感じました。
音の正体を追っていくと近くには聞こえましたが、なんの姿も見えません。
やがて目の前を行き過ぎた感覚があり、そのまま遠ざかって行きました。

正体はわからないままでしたが、この世の者じゃないことは確かです。
鐘の音は10秒に一度くらいの感覚で鳴り続け、どこかに留まっているようです。
部屋へ引き返した私は、朝日が昇ると同時にまたアパートを出て、鐘の音が遠ざかり留まっていた場所を探しに出かけました。

近くの公園に通りかかると、木下に托鉢の僧侶がいます。
確かこの公園はお寺さんの名前がついていて、そのお寺はすぐ裏手にあります。
そこの僧侶さんなのでしょうか?

私は僧侶に近づき、これも何かの縁と思って財布から千円を取り出し、お布施をするつもりでした。
ところが確かに立っていたはずの僧侶は、突然目の前から消えてしまったのです。
僧侶が立っていた木の下には立札が立っていて「樒」と書いてありました。

ラジオ体操の時間らしく、老人達があちこちから池のある広場に集まって来ました。
「お嬢さんどうかされたかな?」
老人に話しかけられました。
何を話せばいいのか、返事に詰まりました。
「毎晩賑やかだからなぁ。」
老人は探るように目を合わせて来ます。
何か知っているに違いない、そう感じました。

「なんだか怖くて。」
「そうだなぁ、樒は猛毒がある木で公園に植えるなんておかしな事だ。ゆかりは誰も知らないんだ。お寺も役所も知らない。」
「これって葬儀の時や、仏壇に飾りますよね?」
「あんた、わかるようだから言っておくが、7年ばかり前からお盆が近くなると、托鉢の僧侶がこの木下に立つんだ。ほら。」
「…誰もいません。」
「見えなくても、立ってる。鐘は聞こえたかい?」
私は頷きました。

「怖がることはないよ。お坊様が供養しているから、なにか訳ある者が埋まっているのだろう。お盆が過ぎると鐘の音もしなくなるから、気にしないことだ。」

鐘の音が聞こえる者に初めて会ったと、老人は嬉しそうに言っていました。
「見えない方がいいに決まっている。」
そう一言残して、老人は朗らかに私の肩を叩きラジオ体操へ紛れ込みました。

そのまま私は、お盆過ぎまで眠れない夜を過ごしました。
7年ほど暮らして、今では別の街に引越しています。

この話には後日談があります。

その樒が植えてある向かいにあった家で、遺体が発見されたのです。殺人事件でした。
静かな住宅地で発見されないまま、長い間放置されていたそうです。
ニュースを見たとき、僧侶はその遺体を守っていたのかも知れないと、私はふと思ったのでした。

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