恐怖の泉

人間の怖い話「盗みの虜」

恥ずかしながら、私は窃盗の罪で捕まった経歴があります。
事の発端は、私自身が窃盗の被害に遭った事でした。

ある日、飲みの帰りで電車に乗った私は、つい居眠りをしてしまいました。
ハッと気づくと既に降りる駅へ到着していて、慌てて電車から出て財布を出そうとした時、血の気がサッと引きました。

私の財布がありません。

寝ている内に上着から落ちて、気付かぬ間に落としたのかもしれない。
そう思った私は駅員さんに状況を説明して、財布を探してもらうことにしました。
ですが財布は結局見つからず、途方にくれました。

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財布を落としたショックから立ち直れないまま、数日後。
駅員さんから連絡がありました。
「財布が見つかりましたので、取りに来て頂けますか。」
あぁ良かったと安堵し、早速駅へ受け取りに向かったのですが…入っていたはずのお金がありませんでした。

駅員さんの話によると、私の財布はトイレの中に落ちていたそうです。
私はトイレに立ち寄っていませんから、誰かが財布をそこへ移動させたのでしょう。
誰かが寝ている私から盗んだのか、はたまた落ちていた財布を拾って現金だけを抜いたのか。
お金以外はそのまま財布へ入っていたものの、見つかって良かったという安心感は、他人へのやるせない怒りに変わっていた気がします。
警察へ被害届を出したものの、犯人は今でも見つかっていません。

その日から、常に私の中でぶつけようのないモヤモヤが付きまといました。
犯人が捕まればスッキリしたのでしょうけど、それも叶いそうにありません。
「誰か、他の人にもこの気持ちを味わって欲しい…」
あろうことか、そんな願望を抱くようになっていました。

夜、終電間近の電車に乗った時。
目の前で居眠りをした男性がいました。
財布がすぐ手の届く位置にあり、周りに人もいません。
私は財布をサッと取り、次の駅で降りました。

罪を犯してしまった罪悪感と共に、どこかスカッとしたような達成感、スリル…。
得も言われぬ興奮に、その日は眠れませんでした。

月日は経ち、私の犯行はばれずに捕まる事もありませんでした。
それどころか私は犯行を繰り返し、いつしか盗みの虜になってしまっていました。

味わった事のない高揚感を味わえる上に、お小遣いが手に入る。
こんなにおいしい話があるなんて。
しかも捕まらないということは、自分には才能がある。
自分はスゴい人間なんだ!

今思い返しても、私の思考は完全に狂っていました。

10回以上は盗みを繰り返していたでしょうか。
人混みの中からターゲットを絞った私は、いつものように隙を見て鞄から財布を抜き取りました。
するとその瞬間、周りを複数の男性に囲まれました。

「えっ?!」

私が驚いて立ち止まると、声をかけられました。
「わかってるよな。現行犯で同行してもらいます。」
頭が真っ白になりました。

私は窃盗の犯人として、既に警察からマークされていたようです。
自分では止められない状況まで陥っていた私は、非常に厚かましい考えですが、誰かに止めてもらえてホッとしていました。

盗みは犯罪です。
家族や周りの人達、そして盗みをされた方に想像以上の迷惑がかかります。
一度失った信頼を元に戻す事は、出来ません。
自分を擁護するつもりもなく、絶対に同じ過ちを繰り返さない事が私に与えられた使命だと、強く反省しています。

ただ…
自分が追い詰められたり苦しい時、ふと
「盗んだらスッキリするんだろうなぁ。」
そう思ってしまう事が稀にあります。

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