恐怖の泉

後味の良い怖い話「阿波人形」

これは昔、近所の浄瑠璃語りのお婆ちゃんから聞いたお話です。

「面白い趣味をお持ちですね。」
舞台が跳ねた後で、声を掛けられた。
「いい舞台だったよ、楽しいかい?幸せかい?」
80歳くらいだろうか。年配のご老人だった。
その方は私ではなく、人形に話しかけていた。
その姿から、もしかしたら仁左衛門さんかも、と思った。

我が家は江戸時代に建てられた旧家で、門構えは長屋門と言う立派なものだ。
ただいつの頃からか没落して家だけが立派なまま、父は普通のサラリーマンだった。
家の維持は大変で、父は常々何のために働いているかわからないと言っていた。
300坪はあろうかという敷地には大きな蔵があった。
蔵の中に漬物桶が置いてあって、独特の匂いがする。

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蔵に入ってはいけないと言われていたけれど、たまに鍵が空いてる時があった。そうするとかくれんぼが始まる。
蔵にはロフトのような中2階と、さらに階段を上って2階があった。

その日も、近所の子供ら3人と兄を交えて、かくれんぼを始めた。
私は普段行かない2階まで上がり、長持ちの蓋を開けて中に横になって蓋を閉める。
中には絹の着物がたくさん詰まっているようで、横になると柔らかく滑るような肌触りで心地良かった。
私はいつの間にか眠ってしまったのだと思う。

うとうとする中で、誰かが話す声をずっと聞いていた。
次第に目が覚めてきて、ここはどこだろうと寝ぼけている中で特に不思議とも思わず、話し声を聞いていた。

「仁左衛門さんは本当に素晴らしい腕だ。あんたが舞台に立つと、他の皆はただの木偶の坊になってしまうよ。」
「あんたの目もまるで生きてるみたいに生き生きして、くるくるとよく動く。また仁左衛門さんに会ってみたいものだ。」
「私は仁左衛門さんには本当に可愛がってもらったけれども、ある日物取りに誘拐されてから日本全国を回り、ただの人形のように使われた。」
「こうして長い間、光の当たらないところに閉じ込められていると、小さい社の舞台でもいいからお日様に当たってみたいよ。」

私は完全に目が醒めると、話し声に驚いて長持ちの蓋を開けて飛び出した。
外へ出ると辺りは夕暮れになっていた。
庭で兄が泣いていた。

「どこに行ってたんだよ!妹の子守もできないのかと叱られたじゃないか。」
文句を言われた。

次の日、まだ蔵が開いていたので長持ちの蓋を開けてみたら、たくさんの絹の着物に紛れて人形が2つ入っていた。
阿波人形という種類だった。
「お天道様の下に行こうか。」
私が話しかけると、2つの頭が
「ありがたいね。嬉しいね。」
と言ったのだ。

私はその人形が、人形浄瑠璃に使われていたこと、美しいお姫様役だったこと、男の頭と恋中であることを知った。
人形から聞いたと言うと頭がおかしいと思われるかもしれないが、聞いたのだ。
人形は私の祖父まで、村芝居の役で活躍していたらしい。

私と兄は、人形使いとして村の芝居仲間へ入れてもらった。
兄に人形の声が聞こえているのかは分からないが、楽しそうにやっている。
私は太棹を扱うようにもなり、浄瑠璃も語れるようになった。
とは言っても村芝居レベルの、あくまで趣味だ。
人形の虫干しに、1年に2回だけ外に出してやるのだ。

やはり声をかけてきたご老人は、仁左衛門さんだった。
仁左衛門さんは人形の声が聞こえないようだったが、私が訳を話して引き留めると、一月ほど我が家に留まって村芝居の人形の手入れをしてくれた。

いよいよ故郷へ帰る日、仁左衛門さんはもう年で会うことはないと人形に伝えていた。
芝居を観るような今生の別れだった。

「自分が魂を入れた人形はこの2体だけ。人生の半分を人形探しに費やしてきた。幸せに暮らす人形に会えて、もう、悔いは無い。」
仁左衛門さんはそう言って帰途についた。
きっちりメンテナンスを受けた人形は、本当に生き生きとしてまだまだ活躍出来そうだった。

人形の声が聞けたのは、今の所そのお婆ちゃんだけでしたが、今でも現役で村芝居を続けています。

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