恐怖の泉

後味の良い怖い話「おばあちゃんに貰った人形」

母子家庭で育った私は、徒歩圏内に住んでいるおばあちゃんに半分は育てられたようなもので、自他共に認めるおばあちゃんっ子でした。
そのおばあちゃんから貰った人形があり、中学生くらいまで部屋に置いて大切にしていました。

ところが中学生特有の反抗期を迎えると祖母の家に行くことも無くなり、大切にしていた人形もいつしか押し入れの中へしまいこんでいました。

母から祖母が寂しがっていると言われても、当時は母親と話すことさえも嫌な状態です。
祖母が嫌いになった訳ではないのですが、会いに行く事が何となく面倒と思ったり、幼い頃のように楽しく話すことも出来ないと感じ、ずっと避けていました。
高校生になった時も祖母はお祝いをくれたのですが、素っ気ない態度をとってしまいました。

あれほどおばあちゃんっ子な自分だったはずなのにと思いながら、祖母が入院をした時もお見舞いに行かなくては、と思っていてもなかなか行けずにいました。

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高校も卒業が近くなった頃、部屋にある押し入れが物で溢れていたので、大掃除をすることにしました。
昔の写真や着なくなった洋服などと一緒に、おばあちゃんに貰ったあの人形やゲームセンターでとってしまっていたぬいぐるみなどが出てきます。
こんなもの保管していても意味がないと、ごみの日にまとめて出しました。

押し入れの掃除が終わった頃、母から電話がありました。
「おばあちゃんが危篤だから、仕事を早退して病院へ行くから…」
長く入院していたので、ひょっとするととは思っていましたが…ショックでした。
私も行くべきか悩んだのですが、来いと言われたわけでもありませんし、長いこと会っていない罪悪感もあります。
私なんか行ってもいいのかとくだらないことを考えているうちに、母から祖母が亡くなったという知らせを受けました。

親戚が祖母の家へ集まるということで、私も久しぶりに祖母の家へ向かいました。
祖母の部屋は長い闘病生活を物語るように、閑散としていました。

とりあえず祖母の家へ泊まるために、荷物を取りに一度帰宅します。
ところが、自宅の様子が何か変なのです。

何とも言い表すことができない違和感を覚えたものの、早く荷物を準備しようと家へ入ろうとすると中にも違和感が広がっていて、誰かが居る気配もします。
一緒にいた妹と玄関で立ちすくんでいると、そのうちどこからか話し声が聞こえ始めました。

「ボソボソボソボソ」

お経のような感じで、男女の声がハッキリと聞こえます。
怖くなった私と妹が外へ出ると、今度はハイヒールのような靴音だけがすぐ近くで聞こえ、猫が興奮して鳴いているような声もします。
妹は、ハイヒールの音だけで猫の声は聞こえないと言います。
一体何が起こったのかも分からず、パニック状態でいると…家の前に人が立っているのがうっすらと見えました。

それは祖母でした。

どうしてこんなに怖い思いをさせるのだろうか。
私がお見舞いに行かなかったこと、会いに行かなくなったことを恨んでいるのだろうか。
金縛りになったように私の体は動かず、祖母へ近づくことも出来ません。
興奮したような猫の声はさっきよりも小さくなっていますが、ハイヒールの足音はまだ聞こえています。
すると次の瞬間に全ての音がピタッと消えて
「捨てたらいかんよ」
と、祖母の声が耳元で聞こえました。

「人形だ。」

無意識に自分の口から出た言葉でハッとした私は、祖母から貰ったあの人形を思い出しました。
今日捨てたばかりだからまだあるはずだと思い、急いでごみ置き場へ行くと、袋にいれていたはずの人形がごみ置き場の隅に座らせられていたのです。
「ごめんね」
そう言いながら人形を持ち帰ると、さっきまで異様な空気に包まれていた自宅がいつもの感じに戻っていました。
妹とはさっきまでの出来事を話すこともせず、たんたんと荷物を準備し、部屋に人形を置いて祖母の家へ向かいました。

この話をすると、一連の出来事は祖母が怒って起こした恐怖体験であるように誤解をされるかもしれません。
ですが私は、祖母から貰った人形が私達のことを守っていてくれていたのではないかと思うのです。
それを私が捨ててしまったことで、これまで人形が近づけないようにしてくれていた幽霊?が近づいたのではないかと、そう思うのです。

祖母から貰った人形は、今では自宅で大切に飾られています。

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