恐怖の泉

人間の怖い話「断末魔の叫び」

今から20年近くも前になるでしょうか。
友人宅からの帰りで夜道をのんびり歩いていた私は、駅前交差点で信号待ちをしていました。

駅前とはいっても、若者の大都市への流出と人口減少が続く地方の田舎町ですから、夜10時ともなると人も車もほとんど無く寂しいものです。
市内はそれなりに商業施設が多い区域なので、週末ともなれば時折居酒屋から出た酔客が威勢良く闊歩している光景を見られますが…
その日は平日の水曜日。
国道をたまに通るタクシーやトラックの走行音以外は音もなく、辺りは静寂に包まれていました。

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やがて歩行者用信号が点滅し、私側の信号がそろそろ赤に変わろうか、というその時。

「…あああぁぁぁ!!」

突如、耳を裂くほどの凄まじい叫び声が周囲に響き渡ったのです。
それはおよそ10メートル前後の距離で聞いたように感じるボリュームで、地表付近ではなくやや頭上から降り注ぐような印象のものでした。

「随分と声の大きい酔っ払いがいるな…」
付近には営業中の居酒屋チェーンが数件あり、酔っ払いの掛け声があまり珍しく無いことも手伝って、私の第一印象は当然そこに帰結します。
ですが辺りを見回しても、人影などなく私1人しかいません。

「おかしい…今の声の響きなら視界内に必ず誰かいるはずなんだけど…」
建物などに遮られたような籠り気味の声ではなく、クリアな音質でしたので近くに声の主がいるはずでした。
そして声が途絶えて一呼吸ほど間が空いた次の瞬間。

「ドスン!」

まるで重くて柔らかい砂袋でも地面に叩きつけたかのような音が聞こえました。
叫び声の発生からここまではだいたい2~3秒といったところです。

「付近のビルで夜間工事でもしていて、屋上からうっかり砂袋でも落としたのかな?」
そう推理しましたが、しかしながらどこの建物にもそんな工事の様子は見られないため、私は首をひねりつつそのまま帰途につこうとしました。
歩きながらも考えていると、ようやくある予想に思い至ったのです。

「まさか…飛び降り自殺?」

人が少なく閑散とした地域でも、その程度の役には充分立ちそうなビルが辺り一面ひしめいていますから、今思うと最初からそう考えるべきだったのでしょう。
しかし非現実的な、ドラマや映画以外では普段なかなかお目にかかることのない状況に出くわすと、どうするべきか判断がつかないものです。
「駅前交番に駆け込む」という選択肢が出たものの、私の脳裏に浮かんだのは「地面に叩きつけられた人間の姿」でした。

飛び降り死体は畳1枚分ほどの大きさに広がる。
そんな噂話をよく耳にしていたせいもあり、亡くなってしまった方には申し訳ないのですが…とうてい直視に堪えないであろう光景をチラリとも見たくはありませんでした。
見たら確実にトラウマになる、そう感じました。

「きっと気のせいだ。」
半ば無理矢理そう思い込んだ私は、ひたすら歩を早め急いで家に帰りついたのでした。

それから1週間ほどたったある日、母親から聞きました。
「この近くのマンションで、飛び降り自殺があったんだって。」

私の悪い予想は当たっていました。
よくよく話を聞いてみると、自宅から100メートルほどの近所、私が声を聞いた駅前交差点からは3~400メートルほどの場所にあるマンションの非常階段から、外部の方が身投げを図ったのだということです。

「断末魔の叫び」という言葉がありますが、この出来事で死を間際に迎えた人間の叫びがいかに凄まじいものであるのか、改めて実感するに至ったのでした。
ひょっとしてそれは、自分で死を選ぶほどの苦しみを抱えた方の「魂の叫び」だったのかもしれません。

亡くなった方の魂が、せめて安らかに成仏されるのを願うばかりです。

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