恐怖の泉

人間の怖い話「おばあちゃんの視線」

私はタンスが嫌いです。
普通使いの三段ボックスのようなものなら平気なのですが、タンス、特に和箪笥の類は今でも近寄ることすら出来ないほどのトラウマです。
これは私がそのトラウマを抱えることとなった出来事の話です。

私が小学校に入ったばかりの頃でしょうか、家の近所に斉藤さん(仮名)というおばあちゃんが住んでおり、私はよく友達と一緒に連れ立っては遊びに行っていました。
おばあちゃんは足が悪く一緒に走り回るようなことは出来なかったものの、お話を聞かせて貰ったりお菓子を貰ったりと、随分お世話になったものです。

その日も放課後になると、私は友達と3人でおばあちゃんの家へ遊びに行きました。
ですがいつものように玄関の呼び鈴を鳴らしたのですが、その日は誰も出てきません。
ピンポンを何度も繰り返し押していると、しばらくして1人の男が顔を出してきました。

スポンサーリンク

「おじさん誰?」
「ばーさんなら、買い物に出かけて今は居ないよ。」
「おばあちゃんいないの?うそー!」

玄関から顔を出してきたのは、今まで私達が見たことのない50代くらいの男でした。
おばあちゃんの友達だというその男は、迷惑そうな顔をして私達を追い払おうとしていましたが、私達は男が嘘を言っていると思い帰ろうとはしませんでした。

多分、玄関先で子供に騒がれるのが嫌だったんでしょう。
男は一旦家の中へ引っ込み、しばらくするとまた現れて私達に
「中見て、誰もいなかったらすぐに帰るんだぞ!」
と言いながら、渋々家に上げてくれました。

「きゃー♪おばあちゃーん、どこー!?」
「おい、待て!勝手に動くな!」

玄関に入った途端、一緒に居た友達のKちゃんとHちゃんが、おばあちゃんを探しに家の中へと駆け出しました。男も慌てて2人の後を追って走り出します。
1人残された私は、そのまま皆が向かっていったリビングの隣の、いつもおばあちゃんが寝室として使ってる和室へ入りました。
おばあちゃんが居るとしたら、きっとその部屋だと思ったからです。

和室の部屋は布団が敷きっぱなしで、その上におばあちゃんの着物が乱雑に積み重なっています。
それを見て、直ぐに私はおかしいな、と思いました。
おばあちゃんは和箪笥に仕舞った着物をとても大事にしていて、こんなグチャグチャに出しっ放すなんてことは絶対にしない人だったからです。

その時私はふと、和箪笥の下の引き出しが少し開いていることに気が付きました。
何となく私がその引き出しの隙間を上から覗き込んでみると…
引き出しの中に居たおばあちゃんと目が合いました。

おばあちゃんは仰向けになって引き出しの中に入っていました。
目を見開いたまま、ピクリとも動きません。おばあちゃんは死んでいました。
(あのおじさんが殺したんだ!逃げないと私達も殺される!)
驚くと同時に、私はとっさにそう思いました。

私は慌ててその場から逃げ出そうとしたのですが、直ぐに廊下でKちゃん達を連れた男と鉢合わせます。
「どうだ、ばーさんは居なかっただろ。」
男の言葉に、私は何とか「うん」とだけ返事をしました。
多分、その対応が不自然だったのでしょう。さっきまで私達を何とか追い払おうとしていた男が急に愛想が良くなり、私達にお茶を飲ませてあげると言い出したのです。

「ばーさんは直ぐに帰ってくるよ。それまで、お茶でも飲んで待っとけばいい。」
男は冷蔵庫の方へと向かいましたが、お茶やコップの場所がわからないみたいで支度に手間取り、キッチンの戸棚や冷蔵庫を開けたり閉めたりしています。

「Kちゃん、Hちゃん、行こう。逃げるよ!」
「え?Mちゃんどうしたの?おばあちゃん待たないの?」
「いいから行くよ!」

事情の分かっていない友達2人の手を握り、私は一気に玄関へ向けて走り出しました。
すると直ぐに後ろから男が包丁を持ち、何か怒鳴りながら追いかけてきます。
私達は靴も履かず必死に逃げて、すぐ隣の自宅へと駆け込みました。

私達はなんとか逃げ切ることが出来ました。
泣きながら家に飛び込んできた私達の話を聞き、実際におばあちゃんの死体も見つかったことで、大人たちは大騒ぎになりました。
やはり男はおばあちゃんを殺した殺人犯だったのです。

後から聞いた話では、男はおばあちゃんの甥で、財産について何やら親族間の揉め事があったらしいです。
甥がおばあちゃんの首を絞めて殺し、その時たまたまやって来た私達から死体を隠そうと、咄嗟にタンスの中へ死体を押し込んだのだそうです。

もう何十年も前の話ですが、今でも時々タンスの中から私を見つめるおばあちゃんが夢に出ることがあります。
憎々しげに虚空を見つめるあの瞳。あれはきっと、自分を絞め殺した甥に向けた、最後の視線だったのでしょう。

スポンサーリンク

TOP