恐怖の泉

人間の怖い話「仲の良い夫婦」

私たち夫婦は同じ病院に勤務している医療従事者です。
総合病院ということもあり、実に様々な患者さんがやって来ます。
中には接し方に困るような患者さんや、そのご家族の方に出くわすことも少なくありません。
それでも命を扱う現場で働けることを誇りに思い、毎日働いています。

これは、その病院で起こった出来事です。

その日、勤務を終えて深夜に帰宅した夫は何とも言えない不思議な表情をしていました。
いつもの疲れきった顔でもなく、大きな手術を無事終えられた達成感に満ちた顔でもなく…
まるで奥歯にものが挟まっているかのような、何とも言えない表情でした。

一体何があったのかと尋ねると、夫は少しためらいながらもある出来事を話してくれました。

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夫は脳外科医で、救急で運ばれて来る患者さんの対応もしています。
患者さんの情報や病状などは全て個人情報になるので、基本的には他人へ話してはいけない決まりなのですが、私も同じ病院に働いていることもあり、夫はその日運ばれてきた患者さんについて話し始めました。

救急車で運ばれてきたその男性は、脚立に乗って作業をしている際に誤って転倒し、頭を打って意識不明の状態だったそうです。
しかし夫たち医師が頭の傷や症状見てみたところどうもおかしい。
脚立から落ちただけではこのような状態にはならないように感じた、と言うのです。
本人にどのような状況で脚立から落ちることになってしまったのか、詳しく聞くことができれば1番良いのですが、本人は意識不明の重体です。
そこで患者さんのご家族に話を聞くことにしたそうです。

患者さんに付き添って救急車に乗ってやってきたのは彼の奥さんでした。
しかしその奥さんは耳が聞こえず、病院にはその時手話を使える人がいなかったので、まもなく呼ばれてやってきた彼らの息子が奥さんの話を通訳してくれることになりました。

息子さんの話を聞くところによると、この夫婦は非常に仲がいいと近所でも評判だったそうです。
昭和の男性らしく、少し頑固なところがある夫。そしてその夫に3歩下がってついていくおしとやかな妻という感じです。
病院内でも奥さんは患者さんから離れることを非常に嫌がり、ひどく動揺していたそうです。

息子が言うには、その事故が起きた時家には旦那さんと奥さんの2人しかいなかった、とのこと。
奥さんが台所で作業をしていると、旦那さんの部屋からドンと鈍い音が聞こえ何事かと急いで行ってみると、そこには脚立の横に横たわる旦那さんの姿があったらしいです。
奥さんは大慌てで旦那さんの体を叩くも反応はなく、震える手で息子へ連絡し、息子が救急車を呼んだようでした。

奥さんが旦那さんを見つけた時はすで転倒していたので、いったいどのような状況で脚立から落ちてしまったのかわからない、とのこと。
脚立は背の高い本棚の側にあったので、おそらくは棚の上のほうにある本を取ろうとして、誤って脚立から足を滑らせるか踏み外すかして落ちてしまったのだろうと推測できます。

「でも傷を見た感じ、脚立から落ちて出来たような傷ではないということなんだね。」
私が夫にそう確認すると、頷きながら夫は続けます。

「そもそも息子が病院に呼ばれた理由は何だった?どうして奥さんには夫が脚立から落ちた音が聞こえたのだろう…。」

その旦那さんは治療の甲斐なく、数日後に亡くなってしまったので真相はわかりません。

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