恐怖の泉

後味の良い怖い話「繋いだ絆」

これは今では中学3年生になった娘の話です。
本人は全く覚えていないでしょうし、こちらからも話をしたことがないのですが、彼女を通して少し怖いながらも感動したことがあります。

娘が1歳11ヶ月の時、義父が突然亡くなりました。
私と娘は私の実家に帰省中、主人は遠方に出張中でした。
義父は屋根のペンキ塗りをするということで作業していたようなのですが、なんだか体がだるいと言いながらも事に当たっていたそうです。
時期はもう11月でしたが、晴れていて暑かったので熱中症だろう、屋根から降りて少し水分を取ったら、と義母が声をかけたそうです。
そして梯子を降り始め、あと2、3段で地面というところで落ち、呼びかけても反応がないためそのまま救急搬送。
結局、一度も意識を取り戻すことなく数時間後に亡くなりました。

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私も主人も全くの寝耳に水で、訃報を聞いてから取るものもとりあえずそれぞれ出先から急遽帰宅致しました。

信じられない気持ちでいっぱいでしたが、病院や市役所での事務手続き、葬儀業者の手配、親戚・友人への連絡、電話や来客の対応。
そうする間にも決めなければならないことがたくさんあり、俗に言う「悲しみにひたっている時間」は全くありませんでした。

私はその時まで自分の身近な人が亡くなるという経験をしたことがなく、何が何だか分からないながらも、なんとなくこうやって遺族に仕事を与えることで死というものを徐々に受け入れさせているのかな、とも感じました。

しかし義母に至っては目の前で義父が亡くなったこと、もしかしたらなんとかできたんじゃないかという後悔、あまりに突然だったため周りからの好奇な視線など、義父が亡くなってからの時間はますます耐え難いもののようでした。
お葬式も済み、知り合いの方たちの弔問もひと段落ついたころには気が抜けたのでしょう。
義母は完全にふさぎこんでいました。

いつもは娘を連れて義父の家へ遊びに行くと、娘は大好きなおばあちゃんと一緒にお散歩へ行ったり、好きな料理を作って一緒に晩ごはんを食べたりしていました。
あまりにも楽しくて「帰るよ」と言っても言うことを聞かず、しまいには泣き落とし作戦。
そうするとおばあちゃんが「じゃあもう少しね。」と言って娘をなだめる、というパターンでした。

ですが義父が亡くなってから滞在している間、娘はおばあちゃんに話しかけたり、遊ぶことを要求しませんでした。
幼い彼女なりに、今のおばあちゃんは一緒に遊んでもらえる状況にないことを感じていたのかも知れません。
おじいちゃんが亡くなったことは分かっていなかったかもしれませんが、おばあちゃんの様子がおかしいことは明らかに気付いている感じでした。
なぜなら料理をすることが大好きだったおばあちゃんが、夕方になっても台所に立たず、大好きな料理を作ってくれないからです。

しかしある日のこと、食卓の椅子でいつものように座ったままの義母のところへ、娘が私を連れて行きました。
義母が私を呼んだわけじゃないのに何だろう…と訝しんでいると、娘は私と義母の両方の手を取り握手させたのです。
私も義母もびっくりして声が出ず、繋がれたお互いの手を見るばかりでした。

この時、私は本当に直感としか言いようがないのですが
「あぁ、義父が心配しているんだ。私と義母と手を取り合ってこれからも頑張ってくれと言ってるんだ。」
と一瞬で感じたのです。

心なしか娘の顔を見ると、いつもの娘じゃないような表情でした。そして私へにっこりと微笑むのです。
「そうだよ、助け合って頑張れよ。」
とでも言っているかのようでした。

そして義母も何かを感じたようで、数週間ぶりにようやくエプロンをつけて台所に立ちました。
1歳11ヶ月の娘を通じて、亡くなった義父と繋がった、そう感じた瞬間でした。

あれから13年。
同居を開始し、おかげさまで皆仲良くやっています。

反抗期になった娘は口うるさく小言を言うおばあちゃんと喧嘩することもありますが、そんな2人を見ながらあの時のことを思い出すと、義父や義母との絆を繋いだのは娘のおかげなんだと感謝しています。

少しだけ、娘になぜそんなことができたのかという怖い気持ちもありますが…。
またどこかで義父と繋がれれば良いな、と思います。

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