恐怖の泉

実話系・怖い話「夜釣りで見たアレ」

私の趣味は釣り、それもターゲットとなる魚が夜間に活動が活発となる事から、当然釣行する時間帯は圧倒的に夜が多くなります。
幸いな事に私の住んでいるエリアはまだ立ち入り禁止の港や河口も少なく、比較的人気のある場所での釣りが出来るという事で、たとえ1人きりでの釣行でも特別不安感や恐怖感を覚える事はありませんでした。

もちろん長年釣りをしていれば釣果の傾向が変わったり新しいポイントを開拓してみたいという気持ちが増して来ますから、時折まだ足を踏み入れた事も無い様な場所に探索に向かうケースもあります。
街灯だけという周囲がほぼ真っ暗な中、ヘッドライトだけを頼りにポイントと思われる場所に歩みを進めるのは一種のスリルでもあり、快感でもありました。
ただそれはあの晩までの事でしたが…。

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その日の仕事は17時上がり、ラゲッジに釣り道具が既にスタンバイされている愛車で通勤していたものですから、いつもの様にそのまま夕闇深くなりつつある釣り場へと向かいました。

新たなポイント開拓の為、予めネットマップで目ぼしを付けていたエリアに車を走らせます。
今回の目的エリアはとある廃工場の裏手にある小さな堤防。廃棄されてから相当長い年月が経過している様で、建物はボロボロ・敷地内外はかなり背の高い雑草で覆われ、行く手の視界は思った程に良くありません。
ただ周囲からかろうじて街灯の光が柔らかく届いており、ヘッドライトを頼りに前に進む事が出来ました。

しばらく行くと雑草の茂みが晴れ、いきなりフラットな岸壁が目の前に。そこからは既に目標の堤防がうっすらと見えています。
敷地のフェンスと岸壁の間にある、幅およそ1メートル程の隙間を伝い、50メートル程先のその堤防にゆっくり歩いて行きました。

しばらく進むと堤防の全容が見えてきました。
長さはおよそ20メートル程で…その時初めて、その堤防の先端辺りに人らしき姿がいるのに気付いたのです。

ベージュっぽい作業着を着たその初老と思われる男性は、どうやら同業者の様。
竿を出し、青いクーラーボックスに腰掛けていました。

狭いポイントに先行者がいればとりあえず一言断りを入れるのがこの世界のマナーですから、私も声掛け出来る距離まで近づくと
「こんばんわ、今日はどうですか?」
と話し掛けてみました。

ですがその男性は全く動じず、返事も返してきません。
その時距離にして15メートル程にまで近付いていた筈ですが、ようやく少々奇妙な感覚を覚えたのです。
言葉では上手く言い表せられないのですが、その男性の姿は輪郭が何だかにじんだ様ではっきりと見えず、まるで重量感が無いのです。
少々不安ではあったものの、自分の目が疲れているのだろうとこの時点ではあまり気になりませんでした。
加えて本来の目的はここでの釣り。それに関しては全く問題は無さそうで、その男性の邪魔にならない様準備をし、釣り始めました。

おそらく1時間程はかなり集中しており、海面とその下の仕掛けを眺めていたので、周囲の景色や状況はほとんど目に入っていませんでした。
時間が経つにつれ、早春の3月だというのにやけに身体が生温かさを感じ、全身に汗をかき始めていました。
どうしても我慢出来ず、アンダーシャツだけでも脱ごうと思いライフジャケットに手を掛けつつ、ふと堤防の先端を見た瞬間…初めて異変に気づきました。

そこにいた筈の男性の姿が跡形も無く消えていたのです。

男性だけではありません。彼が座っていた筈のクーラーボックスも竿もまとめて消えており、そこにはまっ平らな堤防とその先の暗闇しか存在していませんでした。

一瞬海に落ちたのか?と思い先端に駆け寄り周囲の海面を照らしたのですが、穏やかな海面には何一つ痕跡がありません。
何かがおかしい…と感づいた時には汗が引いて寒気が出てくると共に、もしかしたら自分は「アレ」の姿を見てしまったのか、と恐怖に駆られました。

もうそこに居る事にさえ耐え切れなくなり、私は一目散に場所を離れ、雑草をかき分け何とか車に辿り着きました。
時間は午後の10時ちょっと前。にわかに深い霧が垂れ込め始めてきました。

もしあのまま何も気づかず釣りを続けていたら、あの堤防でこの深い霧に包まれ、「アレ」に誘われて足を踏み外し海に落ちてしまったのだろうか…なんて考えるとゾッとせずにはいられませんでした。

この一件以来、得体の知れない未知のポイントを真夜中に探索する事は一切無くなりました。
どんなに興味あるポイントでも開拓に向かうのは明るい時間帯のみ。やはり恐怖感無く楽しみたいですからね。

ちなみにその後釣り仲間にその出来事を話したところ、そのエリアではかつて釣り人の溺死事故があったらしいとの情報を聞き、「アレ」の存在をはっきりと確信したのでした…。

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