恐怖の泉

人間の怖い話「精神を病んだA」

数年前、私の親戚のAは警察に取り押さえられて、精神科病棟に強制入院となりました。

私とAは仲が良く、異性で歳も離れていましたが度々一緒に遊ぶような関係でした。
私が結婚してからは以前よりは顔を合わせる頻度も少なくなりましたが、それでも2ヶ月に1回は遊んでいたと思います。

Aは都内の高校に通っている、変哲のない男子生徒でした。
中学の頃は部活のエースになっていて、高校に入ってからも部活で活躍したいと先生方には言っていたらしいです。
勉強はあまりできる方ではないし外交的でもありませんでしたが、友達には優しく興味のあることには向上心の強い人でした。

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しかしAは元々精神的にあまり強い方ではないようで、一時期登校拒否になりかけていたりしたそうです。
中学の頃は部活に打ち込んでいたのでそうしたことはありませんでしたが、高校に入ってからすっかり彼は変わってしまいました。
なんでも、親の死因をどこかで聞いた時から以前より患っていた精神疾患が悪化したとのことです。

Aが幼い頃、片親は誰に言うこともなく自殺をしたようです。

私やAはそれを数年間聞かされていませんでしたが、死因を告げられた時は「あぁやっぱり」と思いました。
なぜなら、元来家族間のトラブルが非常に多い家庭だったからです。
Aは
「俺がこんなに落ちぶれたのはあいつのせいだ、俺達を放ってあいつは死んだ、逃げた弱虫だ。」
と、口癖のように自殺した親を責めていたと聞いています。

ある日の早朝、Aの親(以後B)から電話がかかってきました。
「今私ちゃんの近くのコンビニの駐車場にいるんだけど、これから家に行っていい?」
鼻声で声も潰れていたので何事かと思いましたが、私は色々は聞かずにBを家に招き入れました。
Bとはその時あまり連絡を取っていなかったのですが、久々に見たBはやつれ果て泣き腫らした顔をマスクで隠していました。
玄関に入ってくるなりBはがっくり膝を落として

「殺される、自分はAに刺されて殺される、助けて。」

と一番に言いました。
私はとりあえずBを落ち着かせると、無理のない範囲で詳しい状況を聞き出しました。

BはAに日常的なDVを受けており、普段から隣人に匿ってもらったり警察に通報してもらったりしていました。
隣人の助けを借りっぱなしにするのも悪いと思ったその日は、着の身着のまま車に乗り込んでこちらまで逃げてきたそうです。

彼女の身体は全身真っ青な痣だらけで、所々が赤く腫れ上がっていました。全部Aがやったとのことです。
「あそこにずっといたらいつか殺される。数日だけでいいから、お願い匿って。」
Bが言うので、私は頷きました。

話をして落ち着き始めたところでBの携帯が鳴り、彼女の顔がさっと青ざめました。
「Aからメールだ。」

メールの文を見せて貰ったら「逃げられないぞ。早く帰ってきて。」とありました。
そして1分も経たないうちに、「早く帰ってきて」とまたメールが入っていました。
それから間髪入れずに、今度は「早く帰ってきて」を画面一杯にコピペしたメールが幾度となく送られてきました。
終いには着信まである始末で、それは1日中続きました。
混乱に頭を掻きむしったBは、電池パックを抜くなり携帯を鞄に放り込みました。

その翌々日、Bは私を連れて親戚の家に行き、今後どうしたら良いか相談することにしました。
親戚の家にもAからメールと電話が沢山あったようですが、Bはまだ私以外には家出のことを知らせていませんでした。
だから本当に失踪したと思った親戚は、本気で警察に届け出ようか悩んでいるところでした。

皆で今後のことについて話し合いましたが、もう家出してから時間も経っているし、Aも反省しているかもしれないということで、親戚同伴という条件つきで一旦Bを帰宅させることにしました。
ついでに親戚は、Aと2人で話をしてみようと考えていたようです。
私は行けない代わりに、親戚の鞄の底にフル充電したICレコーダーを仕込んでおきました。

後日録音した中身を聞いてみると、Aは
「Bに暴力を振るったことは悪いと思ってる」「迷惑かけてすまなかった」「もうこんなことしないように気をつける」
などと言っていました。

しかし数日後に親戚が帰宅して、家の中にAとBだけになるとたちまち暴力が始まったと言います。
そしてかかりつけだったカウンセラーから初めて、精神病棟への入院が言い渡されたとのことです。

退院後、私はAと個別に話し合う機会がありました。
私の前ではAはいつもの明るいお調子者な感じで、特に何の変化も見られないように思いました。
まさかこのAがDVの加害者になっていたとは、この時は到底思えませんでした。

しかしそれは退院直後の、比較マシな状態が見せた幻想だったようです。

2度めの強制入院になる約1ヶ月前、私はふとしたきっかけでBの家に立ち寄ることになりました。
Aは学校に行っていると思っていましたが、この日は欠席していたようです。
数ヶ月振りに見たAは髪もボサボサ、服装も珍しく寝間着のままで目もどんよりとすわっていました。
それでも私を見ると
「おー私ちゃん、久々だねー。」
とさっと表情を戻し、いつも通りの声をかけてきました。
今まで見たこともなかったAの酷い姿を見た私は、明るく振る舞いながらも内心まずいものを見たと思いました。
この日は用事があったので長居はせず、すぐに帰ることになりました。

それから少しの後、Bの誘いで久々に彼女の家に行きました。
道すがらAが高校を除籍になったこと、再度入院したことを聞かされました。

この頃のAは更に凶暴性を増し、素手で殴る蹴るだけではなく、包丁を持って威嚇に使うようにもなったと聞いています。
刺される一歩手前になったこともあったそうですが、その時は隣人宅に逃げ込んで事なきを得たようです。
第三者が入ると急に大人しくなるためか、隣人は凶器を持つAの姿は見たことがなかったとのことです。

そしてある日、いつにも増して騒音と悲鳴が大きく上がったらしく、隣人は急いで警察に通報をしました。
犯罪にすらなり得るレベルのDVが発生しているということで、B宅は警察からもマークされており、たちまち警官が現場に到着しました。

ドアが開かれてすぐに目に付いたのは、悲鳴を上げながら必死の形相で走りすがってくるBと、包丁を振りかざして追いかけてきたAの姿だったそうです。
警官はAを取り押さえ、その後医療機関も交えて相談し強制入院という措置を取らせたようです。
その時は長期間の強制入院で、面会も殆ど出来ない状態と聞きました。

Aのいなくなったボロボロの家で、Bは
「これで良かったんだ。あの時、ほんとにAに殺される、ここで死ぬって思ったんだから。今でも怖くて、とても包丁が握れないよ。」
とこぼしていました。

それからまもなく、私は夫の転勤で地元からかなり離れた土地へ引っ越すことになりました。
Bとは以前のように会いにも行けず、メールでの交流も年に数回の挨拶程度しかありません。
AとBは、うまくやっていけているのでしょうか。

彼らの家庭がどうなっているか、聞き出す度胸が今の私にはありません。

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