恐怖の泉

実話系・怖い話「父の葬式」

私が会社を辞めて、ダラダラと職を探していた頃の話です。

テレビを見ていると、ウォールポケットに入れてあった携帯電話が鳴ったので、出てみると田舎の母からでした。
弱々しい声で、父が死んだと私に告げました。

あわてて押入れから喪服などを引っ張り出し、ネットで飛行機のチケット取って翌日の早朝、田舎に向けて出発しました。
実家に到着するとすでに親戚の人たちが集まっていて、客間の中央に父の亡骸があり、上等な布団へ寝かされています。

実家は築50年以上経過した木造の家屋で客間は薄暗く、父を取り巻いて座っている人たちの表情も良く見えません。
父の隣に座っている母は私を見ると、めっきりと老け疲れきった顔で
「よく来てくれたね。」
と言って、父に挨拶するように勧めます。

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私の田舎には地方独特の習慣として「水あげ」というものがあります。
それは茶碗に入れてある水を人差し指で濡らし、その指で遺体の唇を湿らせるという慣しでした。
私は茶碗に指を入れ、鼻の穴に脱脂綿を詰めてある父の唇をなぞりました。
自分の父親とは言え、死体に触るのには抵抗がありましたが、大勢の親戚の前で嫌がることはできないし、断ることができるような雰囲気ではありませんでした。

客間を出て居間に行くと、喪主の兄が葬儀屋と話をしています。
やがて葬儀屋は出ていったので、兄に父が亡くなった時の様子を聞きました。

父には痴ほう症がひどくて徘徊の癖がありました。
よく歩きまわっていたので、父がふらついている姿を見かけると、近所の人たちもメールなどで報告してくれていたそうです。
そして先日、父の姿が見えないことに気がつきました。

夕方になり暗くなっても帰ってこないし、近所の人たちからの連絡もありません。
心配した兄が近所を探し回っているときに、後藤(仮名)さんが青ざめた顔で駆け込んできました。
後藤さんという方は、父の友達で実家の近所に住んでいます。
そして
「父が崖の下で死んでいる!」
といったそうです。

あわてて母たちが急行すると、父がうつぶせになって倒れていました。
泥まみれの姿で、崖の斜面を転がってきたことが明確に分かったそうです。
あわてて救急車を呼びましたが、すでに手遅れだったということでした。

私は父が苦手だったのですが、死んでしまったあとでは懐かしさも感じることができます。
しばらく兄と、父との思い出について語っていました。

そのとき、客間の方から「ギャー」という悲鳴が聞こえました。
急いで兄と一緒に走っていくと、そこにいたのは後藤さんで喚きながら身をよじらせています。
見ると、後藤さんの喪服を父の手がつかんでいました。

なんとか振りほどこうとしてますが、死体の指がポケットに絡んでいるようで、なかなか離れません。
周りの親戚たちが寄ってきて指を離し、ようやく事なきを得ました。
後藤さんは荒い息をして父を見つめています。
なぜこんな事になったのか、後藤さんは何も言いませんでした。

親戚の間では、「水あげ」をするとき偶然に指がポケットに入ってしまったとか、硬直状態が解けてきたときに手が服に伸びてしまったとか、いろいろが理由が飛び出しました。
最後には、仲の良かった後藤さんに父が別れの挨拶をしたのだろうという結論になりました。
まだ迷信というものが信じられている田舎ですから。

こうして父の葬式が終わり、私は都会のアパートで通常の生活に戻りました。
さてハローワークで求人の検索をしようかというときに携帯が鳴りました。

それは兄からで、後藤さんが亡くなったという連絡でした。
原因は分からず、警察の見解では心臓発作だろうということです。
葬式に出るかと兄に聞かれましたが、私は断りました。
ただ何となく、父が葬式で後藤さんの服をつかんだ出来事が頭から離れません。

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