恐怖の泉

実話系・怖い話「何かがあったクリニック」

暖冬が予想されたとある晩秋、私は初めての子供を出産しました。
ところが不運にも病院に適当な空きベッドがないらしく、分娩室から直接、隣町の私立クリニックに搬送する…と言うのです。もちろん差額などの自己負担はありません。
出産後でぼんやりして何も考えられなかった私は、力なく同意して救急車に揺られてそのクリニックに到着しました。

そのクリニックには初めて訪れたのですが、とても静かな場所でした。
土地はかなりのんびりした田舎の小さな町で、クリニックのすぐ裏手には山がありました。
山にはたくさんの栗の木が生い茂り、クリニックの庭にもたくさんの栗が生えていたのです。

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私は1階の小さな個室をあてがわれました。
ベッドに横たわったまま窓の外を眺めると、そこからもたくさんの栗の木が見えました。
他にすることもないので、ぼうっとその栗の木々を眺めていると、ふと視界の隅で動くものが。
それはまるまると太った、赤茶色のリスでした。
私はふっと笑顔になり、こんな静かな所に搬送してもらえて、案外良かったのかもしれない…と思いました。

その静かなクリニックは、正規の値段で入ったら他の病院よりかなり高額であったと思います。
実際、私が出産をしたクリニックと比べても結構なお値段でした。
毎回の美味しい温かい食事に間食付き。設備も新しく清潔で、全ての職員さんがとてもおおらかで親切でした。
遠方だったので実家の両親は来ず、夫だけが毎日私と赤ん坊に会いに来ました。

その夫がある時
「あれ、窓の外に人がいるよ。」
と言います。

「リスでしょう?きっと、栗の木のうちのどれかに住んでいるのよ。私も見たよ。」
と私が言うと
「いや、もっと大きい子供みたいに見えたけどなぁ…。」
夫はそういって首を傾げます。

その時、私たちは全く気に留めませんでした。

ですが次の日の朝、朝食を済ませたあとに私も同じものを見たのです。
少しぽっちゃりとした、とても可愛らしい女の子…2歳くらいでしょうか。栗の木のかげをちょろちょろと走り回っていました。
私が足を引きずって(産後、腰が痛かったのです)窓に近づくと、女の子の姿は見えなくなってしまいました。

地元の子供が、山の林づたいに遊びに来たのかしら?でも、こんな朝早くにたった一人なんて…。
妙だなあ、と思いました。

それから私は順調に体が回復していったのですが、子供の体調が良くなく、用心のためとして私達は少し長く病院に引き留められました。
入院というのは長引くと暇なものです。することもないのでなんとなく窓の外を眺めていると、外で動くものがあります。
それはたいていはリスでしたが、例の女の子の場合も何度かありました。
窓ガラスは開けられないので、私は彼女に話しかけることはできません。
親御さんが心配していないのかな、と少し気にはかかっていました。

子供の体調も改善し、もう数日で退院となった頃でした。
夜、子供を抱いて授乳していると、私は妙な感覚をおぼえました。

誰かが私を見ている?
そんな視線を感じたのです。

にしても、個室には私と子供の2人きり。窓には厚いカーテンが閉まっています。
変だな、と思いつつ過ごしていたのですが、その後も2晩に渡って「見られている」という気がしていました。

ついに退院の朝。手続きを済ませて、顔見知りになった年配のナースさんに挨拶をしました。
その際にようやく
「朝早くに庭へ遊びに来ている女の子、あれは地元の子なんでしょうね。」
と話題を振りました。
するとナースさんは一瞬笑顔をひきつらせ
「…そうね、近所の子が遊びに来ているのね。」
と言いました。

そしてクリニックを出発しようとした直前、私はベッドの下にサンダルを置き忘れたことに気が付き、駐車場に夫と子供を待たせて一人取りに行ったのです。
すると、清掃の係の方と年配のナースが話している所に通りかかりました。

「あの部屋、また出たって。この病院で生まれた子じゃないから大丈夫だと思っていたけど、やっぱりダメだったのね…。どうしてもお母さんのことが忘れられなくて、それでまた探しに来ているんだわ。」

部分的に聞いても悲しい顛末について、詳細を問う勇気はありませんでした。
サンダルを見つけて、私はできるだけ足早にクリニックから車に乗り込みました。

あのクリニックで、何があったのでしょうか…。

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