恐怖の泉

実話系・怖い話「古い家での休暇」

私は国際結婚し、欧州在住の主婦です。
こちらの夏は日本と比べると凌ぎやすいのですが、それでも内陸部に住む私たち一家は40度前後の熱波に耐えかねるので、毎年8月の夏休み中には避暑へ赴くことにしています。
今年は節約の意味も兼ねて、リゾート地のファミリーセンターはやめ、北部・海沿い地方の田舎の一軒家を借りることになりました。

家主は小柄なおばあさんで、出向いた私たち一家を温かく迎えてくれました。その家と言うのもすばらしい所でした。
こぢんまりとした石造りの家で、話を聞くとなんと築100年以上。さすが欧州、と思いながら歴史味あふれるこの家に、家族ともどもすっかり魅了されてしまったのです

この家を親戚から相続したというそのおばあさんは
「田舎ではありますけれどここは村の真ん中ですし、何しろ古い家ですからねえ。多少は音が気になるかもしれませんけど、勘弁して下さいね。」
そう言って鍵を残し、出て行かれました。

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その夜。
この地に来るまでに長旅だったこともあり、子どもも私たちも疲れて早めに就寝しました。
1階はキッチン・ダイニング・リビングが続いており、かなり内装リフォームが施されているので、さほど古い家といった印象はありません。
けれどギシギシと階段を鳴らして上って行くと、2階の2つの寝室はその地方特有の伝統的なインテリアが残されています。
建築当時のものらしいという、年代物の古めかしい大きなベッドや、どっしりとした衣装棚等がしつらえられていました。

子どもは大きなベッドに大喜びです。私ははじめ主人と寝ていましたが、何となくベッドスプリングの調子が気になりました。
寝返りをうつたび、やたら大きな音が出るのです。
それでもようやく寝入った所…。

ギシン…ギシン…。

はっきり2回、ドアの取っ手が上下する音がしたのです。

私が寝ていたのは入口の側でしたが、その寝室ドアの取っ手が上下したようでした。
てっきり子どもが寝ぼけて入って来たのだと思い、時計を見ると夜中の2時。子どもの様子を見に行くと、隣室で安らかな寝息をたてて眠っていました。
ドアの音につられて起きた夫は
「それ、下の玄関ドアが鳴った音じゃないの?まさか、泥棒じゃ…」
と言います。
慌てて階下に降り、玄関ドアを確認しました。異常はありませんでした。

「何ともないみたいだけれど、用心にこしたことはないから、明日からは鎧戸を全部閉めてから寝ることにしよう。」

その夜はそれきりでしたが、私はどうも腑に落ちないものを感じていました。
あれは、私のすぐそばで聞こえたのです。
玄関のドアではなく、誰かが私たちの寝室ドアを開けようとした…そんな風に思えてしかたがありませんでした。

翌日以降、私たちは穏やかな浜辺の散策や砂遊びを楽しみました。
子どもはいたって元気で、よく食べよく寝ます。
ただ、寝かしつけようとするときに妙なことを言いました。

「ゆうべも、まほうつかいのひとがきて、まどからおやすみっててをふってったよ。」

私は睡眠不足ぎみになりました。取っ手が鳴る音はもうしませんが、夜中ごろに決まって「音」がするのです。
暗闇の中でいきなり
「クシャクシャ」「パンパン」
などの音がして目が覚めてしまうのです。
それは丁度私がオーブン料理をする時、クッキングペーパーをくしゃくしゃにするような音だなぁ、と思ってふと
「あ…これがラップ音てやつ?」
と気がつきました。

私が毎晩目を覚まして主人を起こしてしまうので、一緒のベッドで眠るのがいたたまれなくなりました。
そこで階下のソファで眠るようになった所、音は聞こえなくなりました。
その変わり、時々暗闇の中に蛍のような小さな輝きがフワフワと漂っているのを見かけました。

その家ではこのように不思議な、しかし害にならない現象が続きましたが、それ以外私たちの休暇はとても穏やかで楽しいものでした。
最終日、家をきれいに掃除して家主のおばあさんに鍵を返しました。彼女は少し、不安なような感じで
「どうでした?皆さんよく眠れました?」
と聞いてきました。
私は
「ええ、とてもよく眠れましたよ。子どももぐっすり。」
と返答すると、彼女は心底安堵したような表情で

「ああよかった、気に入っていただけて。私、数年前に主人を亡くしてからこの貸家を始めたんです。生前はどうしても主人が、人に貸したがらなかったんですけどね。実際はほとんど借りる人が来なくて困った時期もあったんです。早目に切り上げて帰ってしまう人もしょっちゅうだったし…。」

と言っていました。

楽しい休暇が終わり、我が家へ無事帰り着きました。結局「音」と「光」、子供が見たという「まほうつかい」のことはおばあさんには告げませんでしたが、恐らく彼女も熟知していたのではないでしょうか。
それでも古い家に宿った魂は、彼らなりに私たちを受け入れてくれたのだと思います。毎晩子どもをぐっすり眠らせてくれたのが、その証拠なのではないでしょうか…。

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