子供向け怖い話「失くした左腕」

ずいぶん前に聞いた話です。

付き合い始めたばかりの男女が夜、ドライブに出かけました。
男の方は相手の女性を非常に気に入っていたそうで、いいところをアピールしようと必死でした。一方女性の方はあまり乗り気ではなく、付き合い自体も強引に押し切られたように感じていました。
男はまだ買って間もないオープンカーを運転して、二人は夜の山に夜景を観に行きました。

その帰り道。
カッコつけようと思ったのか、男は人気のない峠をスピードを出して下ります。
女性は怖いからやめるよう訴えたのですが、男はそんな女性の様子を面白がって益々スピードを上げます。
そして事故を起こしました。カーブを曲がりきれず、ガードレールを突き破ったのです。

車は道路脇の木に引っ掛かったので谷に落ちることはありませんでした。
助手席に座っていた女性も、事故の大きさの割には比較的軽傷ですみました。シートベルトをきちんとしていたことと、木がクッションなったことが幸いしたとのことです。

しかし運転していた男性の方はひどい状態でした。
シートベルトをしていなかったので、衝突の瞬間に勢いよく車外へ投げ出されたのです。
男は数十メートルの崖から落下し、岩場に打ち付けられて死んでいたそうです。

運良く一命を取り留めた女性でしたが、事故後は精神的ショックからふさぎ込みました。
自分だけが助かってしまったことに対する罪悪感を負い目に感じ
「どうして私はあの時彼を止められなかったのだろう。もっと強く言えば彼もスピードを落としていたかもしれない。
それに彼にシートベルトをさせていれば、彼だって助かったかもしれないのに…」
自分を責めるような考えが次々に頭の中を巡り、落ち込みます。

事故から数週間ほど経って少し女性が落ち着いたころ、心配した友人が彼女を訪ねてきました。
友人は事故で死んだ男とも面識のある人物でした。
友人は男の葬儀にも参列しており、その時に聞いた話を女性に聞かせてくれました。

「彼の遺体はひどい有様で、参列者には隠されていた。岩場に打ち付けられた衝撃で五体がバラバラに飛び散った状態だったらしい。警察が必死に遺体を探して集めたが、結局左腕だけはみつけられなかった」

その話を聞いて女性は一層心を痛めました。そしてその日の夜から、彼女の夢の中に死んだ男が現れるようになりました。

夢の中で、男は女性に何かを訴えかけてきます。ぼろぼろの顔と身体です。左腕はありません。
男は右腕をこちらに伸ばし、何か喋っているようでしたが、彼女には聞き取れません。
左腕の無い男は毎晩のように夢の中に現れます。そして少しずつですが、彼女に近づいているような気がしていました。

女性は友人に相談しました。
自分が男の夢にうなされていること。男の死に責任を感じていることを。
すると友人は
「あなたが責任を感じる必要はない。あなたは彼の事故に巻き込まれた被害者なのだから。きっと彼に対する負い目が、夢となって現れているのだろう。だから彼に同情してはいけない。彼を突き放した方があなたにとって良い結果になるはず。」
友人はそうアドバイスをくれました。

その夜、女性は再び左腕の無い男が出てくる夢をみました。
しかも、ずいぶんと近づいています。
彼の右腕が今にも自分に触れてしまいそうな距離でした。
そして、ずっとモゴモゴと聞き取れていなかった彼の声も、今でははっきりと聞こえます。
女性は初めて彼が訴えている内容を知りました。

「お前……腕……いるのか、いらんのか……」

そう言って男は彼女の左腕の方に手を伸ばしているのです。
女性は戦慄しました。

男は失くした腕の代わりに、私の腕を欲している。突き放さなければならない。でないと、私は左腕をとられてしまう…。
彼女は自分の左肩を握りしめながら、彼に向かって必死に叫びました。

「いる！いる！いる！」

すると男の姿が遠ざかっていくように感じました。少し悲しそうな顔をしています。

翌朝、女性は涙を浮かべて目を覚ましました。
ほっとして起き上がろうとすると、違和感があります。身体の左側に。
女性はあわてて自分の左腕を確認しようとして、気が付きました。
自分の左脇に、手の形のアザがはっきりと浮き出ていたのです。