恐怖の泉

人間の怖い話「ストーカー」

大きな声では言えませんが、実は私はストーカーなんです。
その証拠に、駅から出て来た彼女の後をしつこく追い続けています。

その彼女とは、仕事帰りの電車内で初めて顔を合わせました。
長い髪を後ろで束ねたうりざね顔の、それはかわいらしい女性でした。

彼女が私に気づいた様子はありませんでした。私は電車を降りる彼女の後を付けだしました。
駅から続く商店街を抜けて、住宅街を通り、街灯だけの暗い道を少しいったところにあるマンションが彼女の住いでした。
彼女の部屋は2階の7号室だということまでわかっています。
帰宅途中に彼女は必ず一軒のコンビニに立ち寄り、ボトルティーとクルミパンを買って帰ります。
それを夕食にするのかそれとも朝に食べるのかまでは流石に分かりませんが、私が彼女をストーカするようになってから、その習慣は一度として途切れたことはありません。

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このようにして私はかれこれひと月の間、彼女をストーカーし続けました。
その間、私は彼女に対して何もしていません。指一本、触れた覚えもありません。
それは何も私に積極性が欠如しているとかいう話ではなく、彼女自身につけこむスキが全くなかったからに他ありません。

彼女はいつも同じ時刻に電車から降りて改札口を抜けて外に出、同じ道順を通って帰宅します。
もしも時間を測っていたら、その行動には一分一秒の違いもないのではないでしょうか。
そのどこにも、私が入り込む余地などないのです。
仕方なく私は、ただただ彼女の後をつけることにのみ徹していました。

私はその夜も、彼女をマンションまでつけていきました。彼女がマンションの玄関の前に到着するのは、いつものように8時25分31秒のことです。
私は胸の中で彼女にさよならと告げると、足を返しました。
あとはさっさと、今来た道を帰っていくだけです。

背後から足音が聞こえはじめたのは、私が歩きだしてしばらくしてからのことでした。
最初は気にならなかったのですが、そのどこかで聞いたような軽やかな靴音は、私がどこへ行こうとついてきます。
気になって私は、途中のコンビニの前で後ろを振り返りました。

するとなんと、こちらに向かって歩いてくる彼女の姿が見えました。
私を見ても、彼女は別に顔色を変えることもありません。
それもそのはず、私は彼女には指一本触れていないのですから。いや、そもそも私という存在に気づいていないのかもしれません。
てっきり彼女がコンビニに買い物にでも来たのだと思った私は、再び駅に向かって歩きだしました。
しかしすぐに、それは彼女にとってはありえないことだとわかりました。

約1ヶ月の間彼女をストーカーし続けた私には、一度立ち寄ったコンビニに彼女がもう一度行くなどということはまず考えられませんでした。
背後からの足音は続いています。
私はもう駅に着くまで一度も振り返ることはありませんでした。

30分後、電車から降りた私が駅から10分ほど先にある自宅アパートに向っているとき、また聞き覚えのある靴音が背後から追いかけてきました。
アパートに入って部屋の窓から外を覗くと、確かにあの彼女が外に立って、じっとこちらを眺めているのが見えました。

同じことがその翌日にも起こりました。
私が彼女をマンションまでつけていくと、こんどは彼女が私のあとをつけてくるという、いわばUターンストーカーが始まったのでした。

どのような心境の変化が彼女にあったかはわかりませんが、もしかしたら彼女は私にストーカーされているのを知っていて、わざと私に後をつけさせていたのかも知れません。
私はこれまでの経験で、彼女の性格はよくわかっているつもりでした。それを考えると、少し怖くなりました。

翌日から私は、彼女のストーカーをやめることにしました。
が、駅を出て自分のアパートに向かって歩きだすと、また例の靴音が聞こえてくるのです。
それからは一日も欠かすことなく、彼女は私のあとをつけるようになりました。

私はストーカーではありますが、ストーカーされることには免疫がありませんでした。
彼女は私が部屋に入ってからも、ドアの前で長い間立つくしています。時には鍵のかかったドアノブをガチャガチャ回す音まで聞こえました。
私は本当に恐ろしくなり、今では彼女をストーカーし続けたことを心から後悔しています。

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