恐怖の泉

人間の怖い話「ある若者の悩み相談」

私はボランティアをしている。
そのボランティアの仲間は老若男女さまざまで、ボランティアの時以外でも集まり食事をすることもある。
そこで私はある青年と出会った。

青年は大学生で、出会った時に両親が離婚しそうで悩んでいるというヘビーな相談を持ちかけてきたことからナイーブな印象を受けたが、普段は明るく仲間と打ち解けボランティアに取り組んでいる。
その青年は頼りがいがあるとは言えないが、経験を重ねるうちにボランティアではなくアルバイトとして仕事を任されるようにまでなった。
同年代のアルバイトの方とも切磋琢磨しているようだった。

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そんなある日、私は青年から相談があると言われ呼び出された。
青年は仕事を頑張っているようだが、自分の不甲斐なさによって仕事を任されないことに不満があるようだった。
確かに青年は失敗が多く、いまいち信用にかける部分があった。
同年代の他のアルバイトの子は、仕事ぶりによって待遇も昇格しさまざまな企画を成功させているのだが、自分にはそれが出来ないが故に認められないと感じ悩んでいる様子だった。
私は出来うる限りの自分で考えたアドバイスをすると、青年は心が軽くなったと言って満足げな表情をしていた。

それからしばらくして青年は相変わらず仕事を頑張っているようだった。
そして私にまた相談があるともちかけ久しぶりに会うことになり、暗い安い焼き鳥屋へ連れて行かれた。
今日の青年はどことなく元気がない。
私が仕事のことや他のボランティアの方の話をしたり、青年に他愛ない質問をしても少しすると沈黙が訪れる。
青年は安いおつまみばかりをちまちま食べている。
もともとこの青年とそんなに親しくない関係だし、せっかく誘われて食事を共にしているのにこんな態度をされては私も困ったものだ。正直早く帰りたいと思った。

すると青年が「実は…」と話を切り出した。

ある尊敬する人に軽蔑されてしまった、と。青年の表情は暗く今にも泣き出しそうだ。
私はそれは辛かったね、と話を聞こうとしたが青年は詳細を話さない。
自分がしてしまったことで尊敬する人に軽蔑されてしまった、とボソボソ繰り返すだけだ。
私もイライラしてきたので適当に話したり食べたりしていた。

すると青年はまた言う。
大学を辞めようと思っている、と。

青年は現在大学4年生。私は何故か理由を聞いたがまた詳細を話さない。
後は卒論だけじゃないのかと聞くと、青年はそうだと言う。

私はこのあたりで青年に親身になるのも何となくバカらしく思えていたので、残りの単位がどれくらいか、それはもったいない、大学卒業資格は無いよりあった方が良い、後々やりたいことが出来た時に大学卒業資格が無いと出来ないこともある、結果的に自分のためにならず一つのことが続かない人間だと思われるなど一般論を話した。
家族や友達に相談するといい、特にいつもお世話になっていて青年を懇意にしてくれている責任者の方、親しい同年代のアルバイトの方などは青年のために良い話をしてくれると思うなど、口では優しく青年のためにアドバイスをした。

すると青年は言った。
「でも3年前に大学辞めてるんですよね~。」

私は反射的に眉間にしわを寄せ、驚きの声をあげた。
さらに聞くと入学間もない頃に大学は辞め、誰にもそのことを言わずずっと大学生で通しているらしい。
私は困惑した。
私は青年のために今日この場所に来て、わずかに残った親切心から話を聞き、解決策を思案した約2時間のこの会は一体何だったのか…。

青年は驚かせてしまいましたね、と笑っている。
私は嘘をつくのはいけない、信頼されないと言った。
すると青年は、でも見栄を張っちゃうんですよね、と仕方なさそうに言っている。まるでそんな自分を認めない周囲のせいで悩んでいるかのように。
そんな嘘をつくから仕事も任されないし、尊敬する人に軽蔑されるんだと喉まで出かかったが、これ以上この青年に関わりたくない、そんな説教をする義理もないと思い、とどまった。
そして私は怖くなって会計を済ませそそくさと家路についた。

後日ボランティアの会からメールが送られてきた。
内容はあの青年が大学卒業後、資格の取得のためアルバイトを辞めるというのでお別れ会を開くというものだった。
責任者や同年代のアルバイトの方が出欠を取ったりお店を選んだりしている。
私は欠席の旨を伝えた。

こんなにお世話になった良い人たちを騙し続け、お別れ会の主役としてのうのうとしていられる青年が心底怖い。

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