実話系・怖い話「ワタシとアリス」
子供の頃から世界が不安定に見えていた。
ぼーっとしている時や、雨の中を歩いている時、眠りに落ちようとしている時などに、自分を中心とした空間が急に膨張していくような感覚にとらわれた。
体中に無数の鱗が張り付いているようなむず痒い感覚、見えない円筒が回転しながらまとわりつく感覚、自分の身体が小さく縮んでしまうような感覚…。
大人になってから似たような感覚に悩まされている人が居ると知り、これに「不思議の国のアリス症候群」と言う名前が付けられている事を知った。
そのほとんどは子供の頃に出る物で、大人になればほとんど発症しなくなると聞いたが、今でもふとした瞬間にこのアリスが出て気持ちの悪い思いをする。
治療法はあるのかないのかよく分からなかった。
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昔はアリスが来るたびに、訳の分からない不安感と不快感への対処法が分からず困ったが、親に助けを求めるにしても何をどう話せばいいのか分からない。
結局誰にも話せずにただ感覚からアリスが通り過ぎるのを耐えるのみだった。
いつ頃からか私はアリス症候群の感覚が出る事を、アリスが来たと言う風に、どこか擬人化して考えるようになっていた。
自分の何かが引き起こす感覚異常では無く、アリスと言う架空の人物のイタズラと考える事によって、自分の見ている世界の異常に「理由」を付けて安心したかったんだと思う。
理由付けが成功したのか、たびたびやって来ていたアリスに対する不安感や不快感は徐々に影を潜めていった。
それと同時にアリスが来る頻度も減り、毎日のように現れていたアリスをほとんど見なくなった。
大人になれば見なくなる、このままアリスは来なくなると思っていたが、それでも時々まだやって来ている。
夜眠る前に電気を消して暗闇に目が慣れた頃、部屋は無限に大きくなってしまおうとする。
同時に私と言う存在が、どんどん体の内側へ引き込まれて、消えてしまいそうになる。
目を閉じれば暗闇が足元から這い上がり、意識を奪おうとする。
脳が痺れ、血管が不快な物に思えてくる。
そんな夜は大抵悪夢を見る。意識も感覚も無く、死よりも恐ろしい、無になる夢。
誰かの話で、未来ではすべての病気が治る薬が発明されると言っていた。
このアリスも薬で消えてしまうんだろうか。
しかし、アリスが消えるって事はどういう事なんだろう。
私はあの感覚を擬人化した。自分の安寧の為に、感覚が引き起こしている異常を架空のアリスのせいにしたが、結局はすべて自分の脳が見せる物だ。
となると、異常とはいえアリスを消すと言う事は、自分自身の何かを消し去ってしまう事なのではないだろうか。そう思うと、不快な感覚さえ、消えてゆくのが恐ろしい。
アリスはただの感覚なのだろうか、それとも私自身なのか。
アリスが消えたら、私も消えてしまうんじゃないか。
私とは…何なのだ?
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