恐怖の泉

シリーズ怖い話「俺と雲上さんと」

俺と雲上さんと和服のオバケ

俺の知り合いに雲上(うんじょう)さんという人が居る。
もちろん仮名だが、雲のようにつかみどころが無くどこか人間離れした雰囲気をした人なので、人に話す時は勝手にそう呼んでいる。
雲上さんに初めて会ったのは中学三年の夏休みで、その頃の俺は受験のプレッシャーからか変な物をよく見ていた。
親に相談しても、ノイローゼになるほど勉強してないだろと切り捨てられた。

今思えば、子供がいきなりオバケが見えるなんて言いだして、まともに相手する方がどうかしていると思うが、あの頃の俺はそんな親の態度にかなりショックを受け、まるで世界中のどこにも味方が居ないような気がしていた。

親に頼れないと思うと、いままで視界の端で動いているだけだった黒い物が堂々と部屋の真ん中で踊っていたり、窓の外をベトっとしたものが這いずり始めたり、着実に自分に近づいてくるようになった。

親は味方じゃない。自分には守ってくれる人が居ない。勉強が怖い。どこにも逃げ場がない。。。

そんな考えに取りつかれて居てもたってもいられなくなり、こんな怖い思いをしながら生きるくらいならいっそ死んでしまった方が良いんじゃないだろうかという風に考えるようにもなった。
ただ自殺するのも怖かったので、どこかでふらっと事故死でも出来ないかと町を歩き続けて気を紛らわせていた。

暑い空気の中をあても無くウロウロしていると、いつの間にか海沿いにあるショッピングモールに来ていた。
涼を求めてやって来た人の多さに気持ち悪さを感じていると、人込みの中に和服を着た大柄な男の姿を見た。
このクソ暑いのに和服かよと思ったが、妙に目についてしばらく見ていた。
しかし、一瞬柱の陰になった時にその人はパッと消えてしまった。

驚いてその人が居たと思われる場所に行ってみたが、それらしい人は見当たらなかった。
不思議に思って視線をモールの出口に向けると、今度はそっちに和服の人が見えた。

何となく後を追ってみると、着ている物は似ているがさっき見かけたような人じゃ無かった。
細身で色白の優男、さっきの男とは似ても似つかない。
思わず「あれ?」と声をあげると、その人、雲上さんがこちらに目を向けた。
しばし怪訝な表情で見ていたが、何か納得したように苦笑いして手招きする。
どうしようか迷ったが、誰かに背中を押されて前に出た。

近づいてみると、凄く穏やかな気持ちになった。ここしばらくの焦燥感や恐怖感、孤独感、重圧、そう言った物が全部かき消されていく感じだった。

彼はおもむろに右手をあげて、俺の頭を二度三度撫でるとすっかり嫌な気持ちは無くなっていた。

何が起きたのかよく分からないでいると、雲上さんが言うには俺の背後に山のように色んな物がくっついていたそうだ。それらが嫌な物や嫌な考えの原因だったらしい。
霊感なんて無いので、興味本位でそのことを少し聞き返してみると、不安定な時期に一時的に霊感が強まったり霊媒体質になるのは珍しい事では無いそうだ。

「あいつもお節介だなあ・・・」
と呟く彼の視線を追うと、さっきの大柄な和服男がブイサインしてこっちを見ていた。
友達なのかと訊くと、あれは幽霊だと言われた。
ハッキリ見えているのに改めて言われると、夏だと言うのにやけに肌寒くなった。

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俺と雲上さんと墓場の火の玉

俺の知り合いに雲上(うんじょう)さんと言う人が居る。
中学三年の頃に出会ってから、何だかんだと話をするようになり、だらだらと親しくなった。
彼は自分の事をあまり教えてくれず、十ばかり年上だと言う事以外は毎回違う答えを提示された。
ある時は探偵だと言い、またある時はモノカキだとはぐらかし、一時はニートだと胸を張り、株トレーダーだったり、SEだったり、塾講師だったり。
最近では遊び人で固定されているようだが、本当のところは分からない。

そんな彼と夜の墓場で会った事がある。
無事に高校に進学し、部活で遅くなった日の事だった。

群青の空が墨色と混じり、街灯の光が照らす道。
道自体は舗装されて綺麗な物だが、脇にある共同墓地のブロック塀はもう十数年風雨にさらされて、所どころが欠けて鉄筋が剥き出しになっている。
この墓地では青い火の玉が飛ぶと言う噂があり、うちの生徒も何人か見かけたと言う。
人体から染み出る成分に火がついて燃え上がるのが墓場の火の玉の正体だと、何かの本で読んだことがあったが、火葬が主流になった現代でもそんな事があるのかと疑問だった。

施錠された門を乗り越えようとしている雲上さんは、虫取り網を背中に背負っていた。
どうやら件の火の玉を捕獲するつもりらしい。今日は洋服か。
また妙な事をしようとしているなとは思ったが、虫取り網で火の玉が捕まえられるのか気になり後について行くことにした。

墓地と言うのはやはり感覚的に怖い物で、そうそう何かしらの怪異が起こるわけでも無いだろうに妙に神経が高ぶってしまう。
雲上さんの上着の端を握りしめ歩いて行くと、急に彼が立ち止まる。

「見てごらん、居るよ」

嬉しそうに指差す方向には、イメージ通りの火の玉が浮遊している。
驚きの声が出るかと思った時、素早い動きで雲上さんが火の玉に網を被せた。
しかし、火の玉は網をすり抜けて墓地の奥へ漂っていく。

「やっぱダメか」

ぽつりと言って、さらに火の玉を追いかけていく。
俺の頭はもう、何に驚いて良いのか処理できず、雲上さんについて行くほか考えられなくなっていた。

再度火の玉に近づくと、彼が指をチョイチョイと動かして俺を呼び口を開く。

「野上君、きみ、ちょっとあれ捕まえてごらんよ、メイちゃんみたいに」
「嫌ですよ!火傷したらどうするんですか!掌まっ黒どころか消し炭になりますよきっと!」
「あ、そう」

断ると雲上さんは特に気を悪くする風でも無く、自然な所作で左手を伸ばし火の玉を握りしめた。

何をしてるんだこの人は!
思わず悲鳴が出た。

急いで手を引き離し、火傷をしていないか彼の手を見てみると焦げ跡どころか熱さえも感じない。

「なんかビリビリする。火の玉って、熱くないけどビリビリするんだな……電気?」

知るかそんなもん。
掴まれた火の玉は怯えたように左右に揺れて、そのまま闇に消えて行った。
しかしその出来事から、火の玉の噂を聞くことは無くなった。

俺と雲上さんと顧問の話

中学の受験前に一度やめていたんだけど、昔から剣道を習っていた。
高校の頃はバスケットボール部に入っていたが、諸々あってバスケ部が廃部になり、同年の秋頃に剣道部に転向した。
剣道部の顧問はイサキ先生と言う人で、とても厳格な性格だった。

部員の服装はもちろん言葉遣いや部室の使い方まで厳しく干渉し、どんなにキツイ活動のあった日でも必ず帰る前には道場と更衣室の掃除をさせられたいた。
特に厳しく注意されていたのが、更衣室の鏡に覆いを掛けておくこと。
専用の布が用意されていて、それをかけていないと物凄い剣幕で怒るんだ。
以前に女子更衣室の覆いがされていなかったと言う事で、大きな雷が落ちた事がある。

先生の様子を見ていると、どうも更衣室の鏡だけでなく、生徒が持っているような小さな手鏡にも神経質になっているようだった。
授業中に、たまたま手鏡を机に出しっぱなしにしていた女子が居たんだが、たいそう怖い顔で裏返していた。

「鏡を天井に向けて置いちゃいかん」

更衣室の時の様な怒鳴り声をあげるのかと思っていたが、その時は表情とは裏腹に、とても抑えた声で注意していた。

そう言えば昔うちのばーさんにも同じような事を言われた気がする。
鏡は上に向けて置いちゃいけないと。上を向けて置くと、そこへオバケが入るなんて言ってた。
躾の一環として大人が子供を脅かすような事を言うのは分かるんだけど、でもイサキ先生の雰囲気はそう言うのとは違うような気がした。
まさか大の大人がオバケなんか信じているわけないだろうし。

気になったことは確かめずにはいられない性分なので、思い切って先生に訊いてみると面白い話が聞けた。
先生が子供の頃にも、やはり当時のお年寄りから鏡にオバケが入ると聞かされていたようだ。
しかし先生も俺と同じように、片づけさせるための作り話だろうと思っていたそうだ。

去年、俺達が入学する前のこと、落し物の手鏡を上向きに放置していると、その中に小さな女の子が映るようになったのだそうだ。
重力に逆らい天井に張り付いた少女が。
しばらく見ていると、天井を向いていた顔がゆっくりと振り返り始め、笑う目と口元が見えた時に無性に怖くなって鏡をひっくり返したらしい。

それから、どこの鏡を見てもその少女が現れるようになり恐ろしくなった。
街中のカーブミラーにも、車のミラーにも。

「丁度お祓いを考えていた時に、ふと職員室の窓を見ると、窓いっぱいに少女の顔が写り込んでいてな……あの時はもう駄目だと思ったよ」

ところがその時、少女の笑顔は一転して苦悶の表情に変わり、ついには涙を流してそのまま消えて行ったらしい。それ以来少女の姿は見てないそうだ。

何が原因で少女が現れ、何が理由で少女が消えたのかは分からないが、軽く鏡恐怖症となった先生は鏡を剥き出しで置いておけなくなってしまった、というのが経緯のようだ。

「鏡にオバケが入るなんてこと、あるんですかね?」
「あると思うよ?」

手鏡を覗きながら雲上さんがさらりと答えた。
先ほどから鏡に何かしているようなんだけど、手元はよく見えない。

「ほら」

突如目の前に突き出された鏡に映る俺の目元が写っていない。
一瞬驚いたが、単純に鏡の一部をペンで塗りつぶしただけのようだった。
目元が写らないだけでずいぶん別人に見えるもんだな。自分はもっと硬派な顔立ちしていると思っていたが、鏡の俺はやけにニヤついていた。

俺と雲上さんと神社の境内

今年の話だ。
わけあって数年ほど神社に立ち寄ることが出来ずにいた。おかげで初詣も何度サボったか。
ところが今年の初めから、なんだか調子が良い感じがしていた。

三が日を過ぎてから所用で外出した折に、ふと神社の方へ惹かれるような気配があった。
頭の中に「神社へ挨拶」と言う、声の様な物が響いたような気がした。
あくまで、そんな気がしただけ。
そんな気がする、なんて言うのは日常茶飯事だ。けれど、その直感にしたがって足が進むと言うのはあまり無い。

不思議な気分に任せて神社の方へ歩いてゆくと、境内のあると思しき上空に櫓の屋根が見えた。
正月だから、櫓を立てて何かしらイベント事でもやっているんだろうと思いさらに歩を進める。
やがて鳥居前に来ると、三が日も過ぎたと言うのに大勢の人で賑わっている。
カステラ菓子や飴などの屋台が並び、さながら縁日のようだった。

拝殿まで伸びる参拝客の列に並び、周囲の様子を眺めながら自分の番が来るのを待っていると、櫓の上で笛の音がし始めた。
綺麗な音色で曲が奏でられていくが、なんと言う曲なのかは知らない。音色が響くと境内に差し込む日の光が一層柔らかくなったような気がした。
人々のざわめきも気配も、普段は苦手で人酔いを起こすほどなのに、その時はまったく平気だった。

自分の番が来て、手を合わせ、自分の近況を頭の中で話した。
しばらく来られなかった事や、なんとなく気分が良くなったことなどを話し、もう少し頑張ってみるので応援してください、と言うような事を話したと思う。
それから境内をぐるっと見渡して、和やかな様子を堪能してから神社を出た。

最後にもう一度振り返って礼をして見上げると、そこにはもう何も無かった。
鳥居の向こうはいつもの静かな境内で、櫓も、出店も、参拝客も、それまでそこで息づいていた風景がきれいさっぱり無くなっていた。

「と言うような事があってね、びっくりした」

さほどびっくりした様子でも無いように、こんな話を雲上さんがしてくれた。直前まで居た人や物が無くなるなんて、怖すぎる…。
と言うか、雲上さんがどこかに迷い込んでたって方がよっぽど納得できるけど、それはそれで怖い。

鳥居のこちらと向こうは別世界だってどこかで聞いた事があるけど、そんなにあっさり越えられるものなのかな。
考えてみれば、空間を隔てる物って怖いな。
家のドアだって、道路の横断歩道にだって、こちらとあちらが存在する。
もし、ドアを開けた先が見知らぬ世界だったら、見知っていてなお違和感の漂う世界だったらと思うと…やっぱり怖いな。

俺と雲上さんとドリームキャッチャー

友人に肝試しと称して心霊スポットに連れていかれてから、妙に夢見が悪い。
やけにリアルな映像で、恐ろしい何かに追いかけられて、最終的には殺されてしまう夢を立て続けに見た。
起きるといつも息は荒く、短距離走を全力ダッシュした後のように心臓はドキドキしていた。

怖い夢を見る事は時々あったけど、飛び起きるような事は滅多に無かったし、連日連夜悪夢を見る事も無かった。
それで知り合いの雲上(うんじょう)さんに相談してみる事にした。

自称ゼロ感のモノカキだが、初めて会った時に俺に憑いていたらしい悪い物を祓ってくれて以来、なんとなく慕っている。
この人に相談すれば大抵の事は解決してくれるという、妙な信頼感というか安心感があった。

最初は相談しても、体力が有り余ってるから余計な夢を見るんだと言っていたが、最終的には気休めになればとドリームキャッチャーをプレゼントしてもらった。
ドリームキャッチャーはたしかネイティブアメリカンのお守りで、円い網状の飾りに羽が幾らかぶら下がった形をしている。
眠る時に吊るしておくと網状の所に悪夢が引っかかって、良い夢だけが羽を伝ってくると言われている…が、雲上さんがくれたのは羽でなく五本の金属の棒が付いていた。

「それね、ウインドベルタイプなんだって。この前通販で買ったんだけど凄いよ。効果てき面、保証する。寝る前に鳴らしてごらん?」

言われた通り、その日はドリームキャッチャーを鳴らしてから吊るして寝ると、あれほどしつこく付きまとっていた悪夢がピタリと止んだ。と言うか、どんな夢を見ていたのかさえまったく記憶に残っていない。
さっそくお礼の電話をして、それから毎日寝る時にはドリームキャッチャーを吊るすようになった。

しかし一週間ほどすると、今度は違う夢を見るようになった。
悪夢では無いが、凄くリアルな夢で、どこまでも続く野原を雲上さんと歩いている。翌日の夢では何故か雲上さんにピッタリ寄り添われていて、非常にやましいことをしている気分になった。
さらに翌日…俺は夢の中で雲上さんに刺し殺された。
にこやかに笑いながら馬乗りになり、俺の胸やら腹やらを大振りのナイフで滅多刺しにしていた。
悲鳴と一緒に起きるとまだ午前四時だったが、怖さのあまりに雲上さんへ電話してしまった。
意外にもすぐに電話はつながり、いつも通りの声でどうしたのかと訊かれた。

見た夢をそのまま話すとしばらく黙り込み、ドリームキャッチャーに日光浴はさせているかと訊ねられた。
話によると、あのドリームキャッチャーは一週間に一度、太陽光に当ててやらないと網に悪夢を溜めこんでしまうらしい。しかしそんな話聞いてない。
二度寝する気にもなれず、その日はそのまま起きて、日の出とともにドリームキャッチャーを窓辺に吊るしておいた。

雲上さんの言葉を信じて日光浴済みの物を吊るすと、確かに悪夢は見なかった。
今では一週間に一度と言わず、晴れの日はいつも日光浴をさせるのが日課になっている。

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