恐怖の泉

シリーズ怖い話「ムキムキのお兄さん」

出会い

夏になるとよく体中にアセモが出来てた。
そうなるたびに親に海に連れていかれて、放り込まれ、しばし海水を浴びて帰ると驚くほど綺麗にアセモが治っていた。
なので夏になるとじーさんの家に泊まりに行き、海に出ると言うのが通例だった。

これは幼稚園の頃の話。その海は砂利が多く、岩場を経て海に入っていくような感じだった。
浅いところには小魚と、たくさんのウニが居る。そのウニが怖くて海に入るのを凄く嫌がってた。

見かねた父さんが大きな浮き輪にのせて、ウニの居ない所まで連れて来てくれた。

足は十分につくところだったし、近くに親も居るので安心して遊んでたんだけど、ふとした瞬間に足を滑らせて、浮き輪が外れて海中に沈んでしまった。
その時に漂っていたクラゲに足を刺され、パニックになった。

足がつくのだから立ち上がれば良いのに、混乱した幼児の頭では水中で訳の分からない物に攻撃されて足が痛い、死んじゃうってなって、とてもじゃないけど冷静にはなれなかった。

目をあければ海水が痛い、足も痛い、息が出来ない、クラゲが怖い。
めちゃくちゃに水をかくが、海面に手が届かないし浮き上がりもしない。

そのうち頭がぼーっとしてきたところで、何かがっしりしたものに引き寄せられる感覚がした。
目が痛いのを我慢して見ると、筋肉がムキムキしたお兄さんが居て、抱き起してくれているのがわかった。

名前を呼ばれて気が付くと、浮き輪にハマって海面を漂ってた。
いつの間にかムキムキのお兄さんは居ないし、目も痛く無い。肌も髪も乾いていて、おぼれた形跡が全くなかったのだ。
浜に戻って親に溺れたって話をするが、ずっと浮き輪の上にいたと言って取り合ってくれない。

夢でも見たのかと思ったが、足にはクラゲに刺された跡があった。
そして何より、それから色んなところでそのムキムキのお兄さんを見るようになった。

親に訊いても、家の関係者に若くして亡くなったムキムキの人は居ないようだし、その海で死亡事故があったという話も無い。
母さんがアンタの守護霊なんじゃ無いの?と無責任に言うんだけど、それはそれでどうなのかと思う。
もしそうなら、助けてくれたのは有難いけど、陸で出るのならせめて服を着てくれないかな。

幽霊に服を供えたら、ちゃんと着てくれるもんなんだろうか?

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先輩が見た物

高校生の頃に昔流行った遊びの話をしていた時に、誰かがこっくりさんが流行ったと言いだした。
懐かしいからやってみようと言う事になり、放課後の部室でこっくりさんをすることになった。

参加メンバーは、当時所属していた演劇部の部員。
ちょうど文化祭も終わって、稽古が無く暇になってきた頃だった。
先輩も後輩も入り乱れて、新しい脚本のアイディアを出すための昔話だった。

小道具の後輩が手慣れた様子で五十音の紙を作った。
部室のドアに鍵をかけ、カーテンを閉め、窓は一箇所だけ開けておく。そこからこっくりさんが入ってくるのだそうだ。
部長が中心になり、副部長、言い出しっぺの友達と、やったことが無いと言う後輩が紙を囲んで、十円玉に指を乗せた。

カーテン一枚閉めただけでも、室内はだいぶ暗くなる。
蛍光灯の明かりはどこか無機質で、まだ何もしていないのに部屋の雰囲気が重くなった気がした。

部長がやや芝居がかった口調で呼び出しの言葉を唱え、しばし待つ。

五分ほど待ったが特に変化は見られなかった。
後輩がニヤニヤしながら「来ないっすね」と言っていたが、まあそんなもんだろう。

中途半端にあけた窓の隙間から、冷たい風が吹き込みカーテンが大きく膨らんでいた。

その時突然、自称霊感少女である会計の先輩が吹きだした。
よほどツボに入ったのが、涙を浮かべて引き攣るように笑っている。
部長は青ざめた顔で会計先輩に、大丈夫かと声を張り上げていた。あとで聞くと、何か変な霊に取りつかれたのかと思ったそうだ。
しばらくヒィヒィと笑っていたが、ニコニコしながら窓を閉め電気をつけた。

もう止めにして帰ろうと会計先輩が促すと、部長はお帰りの言葉を唱えた。

その言葉の最中に、突然窓ガラスがドン!と叩かれて驚き悲鳴が上がったが、会計先輩は「大丈夫だよー」と軽く笑って廊下に出ていく。
怖くなった皆は、残されてたまるかと部長を残して部室を出た。

部室の施錠をした部長が、何か来てたのかと会計先輩に尋ねた。すると

「窓から小さな鬼みたいなのが入ってこようとして、これはマズいなと思ってたんだけど、それをムキムキした半裸のお兄さんが羽交い絞めにして外へ連れて行ってしまった」

のだそうだ。
その時の鬼の慌てぶりが可笑しくて、大笑いしてしまったらしい。

何を夢見がちな事を言ってるんだって思ったけど、ムキムキのお兄さんには非常に心当たりがあるので何とも言えなかった。
お兄さんの風貌を詳しく聞いてみると、母さん公認の私の守護霊(仮)の特徴そのままだった。
とりあえずズボンは履いてくれたみたいで良かったんだけど…そんなに服が嫌なのだろうか。

悲鳴を上げる女

中学三年の頃、受験生だというのに成績が芳しく無かったため塾へ放り込まれた。
学校が終わってからほとんど毎日塾通い、帰宅時間が22時を過ぎるなんて事も珍しく無い。
家からそれほど遠く無いのが救いだったが、繁華街とは逆方向に向かわなくてはならなかったので、街灯の少ない帰り道は気持ちの良い物じゃ無かった。

途中に少し大きめの公園があって、ぐるっと回った先にある神社近くの信号を渡るのがいつもの道。
公園内をまっすぐ突っ切ればだいぶ時間を短縮できるが、夜の公園と言うのはあまり近寄りたくない雰囲気がある。
しかもその頃は変質者が出るとかで、昼間でも公園で遊ぶこどもの姿を見かけることは無かった。

その日は補習だか何かで、かなり遅くまで残された。
とにかく早く帰りたくて、公園を通ろうかどうかとほんの少しだけ迷った。結局危ない道は使わないと決めて通り過ぎようとしたが、公園の中に女の人の姿を見つけた。
何かを探しているようで、街灯の下を必死にキョロキョロしている。

時刻は23時を回ろうかと言う頃合いに、女性一人では何かと物騒だと思い、おせっかいを承知で声をかけてみると結構な美人だった。
会社帰りのOLらしく、そこで躓いてカバンの中身をぶちまけてしまったのだそうだ。その際に家の鍵が飛んだらしく、探していると言う。
おせっかいついでに一緒にさがしていると、街灯の金具に鍵が引っかかっているのを見つけた。

「これじゃないですか?」
鍵を手に取って振り返ると、妙に女性の顔が暗く見えた。
急に黙り込んで、女性だけ急激に彩度が低くなった様にくすんで見える。
その時、背中から生暖かい風が吹いて来て、女性の顔がこちらを向いた。

女性の顔は眼球が真っ白になって、ところどころ顔の肉が落ちているように見えた。

思わず悲鳴をあげそうになったが、先に悲鳴を上げたのはその女性だった。
恐ろしい見てくれに似合わず、可愛らしい悲鳴をあげて女性がふっと消えてしまった。

なにがなんだか分からずに立ち尽くしていると
「大丈夫かー!」
と公園の方からお巡りさんが走ってきた。
悲鳴が聞こえて公園の中を覗くと、やたらと筋肉質なパンツ一丁のムキムキの男が、仁王立ちで私のすぐ後ろに立っていたそうだ。

駆けつけてくれたは良いが、もちろんそんな男はどこにも居ない。首を傾げてお巡りさんは帰って行った。

助けてもらっといてなんだけど、正直あまり近づかないで欲しいと、この時思った。

イナイ、イナイ、ホタル

小学生の頃に林間学校で肝試しがあった。
怖い話や不思議な話は好きだけど、自分が体験するのは遠慮したいタイプだったので、まったく乗り気では無かったが、クラスの男達は誰が一番度胸があるかとやる気満々だった。

夕食の後に、ロッジのオジサンからその土地にまつわる怖い話を聞かされた。
怖いと言っても、これから向かう肝試し会場の林には、怖い顔のオバケが出ると言うような感じの物。
さすがに五年生ともなれば心霊に懐疑的な子も居て、そう言う子たちはゲラゲラと笑っていた。
きっとああ言う連中が、後に自主的に肝試しに行くようになるんだろうな。

良い具合に皆が怖がり始めた頃に、林へ向かって出発した。
アスファルトで舗装された坂道を上っていると、不意に仄明るい光の玉が飛び始め悲鳴があがる。
幽霊の話を聞かされた直後と言う事もあり、人魂だ!お化けだ!と騒いでしまうのは無理も無い。
パニックになりかけたが、先生の「これは蛍です!」と言う言葉に何とか落ち着きを取り戻し、怖いながらも子供たちは歩き続けた。

肝試し会場に到着し、二人一組になって順番に暗い一本道を歩いて行くことになる。
一本道とは言え、途中二カ所にカーブがあって、スタート地点からゴール地点を見る事は出来ない。それどころか途中の道さえも暗くて見えない。

次々に出発してしばらくすると悲鳴があがり、笑い声が聞こえて、走り出す音が聞こえる。
そんな状況で待ってようやく私の番になった。

ペアになった子は普段からあまり印象に残っていない女の子だった。失礼だが、正直こんな子居たかな?と言うようなレベル。
もともと人の顔と名前を覚えるのが苦手で、ちょうどその頃は覚える事を諦めた頃だ。

ほとんど知らない女の子と道を歩き始め、カーブを曲がるといきなり茂みから先生が雄たけびをあげて躍り出てきた。
女の子は悲鳴をあげてそのまま走って行ってしまい、先生は大笑いして茂みに帰って行く。

どうにかゴールする事が出来、先に逃げた子とも再会できた。

ロッジに帰ってから友達と肝試しの感想を言い合っていると、林の中にオバケを見たと言う子が何人か居た。
ただそれが怖い顔のオバケでなく、妙にムキムキした男の人だと言うのが気になった。
見たと言う子の話によれば、パンツ姿の男が蛍と戯れていたとのこと。
私の知っているお兄さんに非常に特徴が似ているが、なんだか恥ずかしくて言えなかった。

そう言えば後になって知ったんだけど、あの辺には蛍なんて居ないらしい。

変わり果てた少女

自称霊感人間と言うのは、思春期特有のある種の流行病の様なものだと思っている。
けれど、中には本当に見えている人も居るようで、中学で知り合った風紀委員長は「よく見える」人だった。
実際、入学式の時に「変な人がついて来てるけど大丈夫?」と声をかけられたくらいだ。

あまり言いたくない事だが、どうも私には筋肉ムキムキのお兄さんが憑りついているらしい。
幼少期に海で溺れたのを助けられて以来、ずっとついているようだ。

悪さはしないし、悪そうな物を遠ざけてくれているような感覚はあるのだが、時折見せる姿がパンツ姿の筋肉男なので、精神的衛生的には悪霊も良いところだと思う。
そんなお兄さんを初見で確認できた上に、心配までしてくれるなんて、なんていい人なんだろうと感激した。

そうして同じく風紀委員会に入って一学期ももうすぐ終わりと言う頃、夏休み前の気を引き締めるために早朝挨拶運動をする事になった。

文字通り、朝早くから登校して校門前に並び、登校してくる生徒に挨拶をすると言う運動だ。朝が弱いので嫌だったが、委員長がやる気なら文句は言えなかった。
かくして挨拶運動が始まり、先生方と一緒に挨拶を行っていると、委員長がそわそわしている。
どうしたのか尋ねてみると、例のお兄さんが一緒になって爽やかな笑顔を浮かべているのが気になって集中出来ないと言う。
確かに、いくら周囲に見えて無いとは言え、朝の爽やかな時間帯にパンツ男なんて見たくない。

私についている物だから、私がその場から居なくなればお兄さんも居なくなるだろうと結論を出した委員長は、事もあろうに私だけ来なくて良いと言い出した。
気持ちは分からなくもないが、委員長の独断で参加しなくて良いなんて事にはならない。
出来るだけ委員長から離れた位置で挨拶するようにしていたが、それでも気になるらしい。

委員長にとっての苦行期間がようやく終わり、一学期最後の委員会で教室に集まると委員長が妙に清々しい笑顔を浮かべていた。
どうも二週間にわたるお兄さんの挨拶運動のおかげなのか、学校で見えていた気持ちの悪い物が全く見えなくなったらしい。
さらには筋肉に目覚めてしまったらしく、まずは腹筋を割ろうと思っていると嬉々として話してくれた。

そして夏休み明けに、見るからに筋肉の付いた委員長と再会した。
スリムだった委員長があんな風になってしまうなんて、お兄さんはやはりある種の悪霊なのかもしれない。

お兄さんの声

高校生の頃、部屋でゲームをしているとだいたい隣に気配を感じる。
いつ頃からか見え出した幽霊がいるんだけど、これがまたデカイ上に筋肉ムキムキのお兄さんなので一緒に居ても嬉しく無い。
一応、恩があるのであまり無下には出来ないが、出来る事ならあまり視界に入って欲しく無い風貌だ。

お兄さんは私の守護霊というか保護者気取りで、どこへ行くにもついて来ていた。
何をするにも興味があるらしく、ゲームを始めると隣で座って画面に見入っている事が多々ある。
エッチなゲームをしようとすると、なぜか電源が入らなかったので多分そういうのは好きじゃなかったんだろうな。

その時プレイしていたのはサウンドノベルタイプのホラーゲーム。
怪談を読み上げて聞かせてくれると言うもので、プレイヤーはひたすら文字を追うばかりだ。

ときどき文章が赤く染まったり、シーンに合わせたBGMやSEが入り、なかなかにびっくりさせてくれる。

何話消化した頃だったろうか、部屋の明かりがワントーン暗くなった気がした。
隣に居た気配はいつの間にか真後ろに移動している。

ゲームを進めると、突然大きな音と共に、画面いっぱいに恐ろしげな顔が表示された。
その時後ろから「い゛あ゛っ!」と、濁った声が聞こえた。

ゲームよりむしろそっちに驚いて振り返ると、離れた場所でお兄さんが後ろを向いてカッコつけたポーズをとっている。
すっかり興味がそっちへ移ってしまい、今のはお兄さんの声なのかと訊くと不機嫌そうな顔をしていた。

初めて聞いた声が悲鳴ということと、幽霊の癖に作り物のオバケが怖いのかと思うと無性におかしくなって馬鹿笑いしていると、むくれてお兄さんは消えてしまった。

ついでにゲームのデータも消えてしまった。

その晩、珍しく金縛りにあった。
解き方は知っていたので試してみるが、上手くいかない。そのうち、両のわき腹付近に重みを感じ、腹の上にトン…トン…と何かが跳ねる感触がある。
正体を確かめるべく目を開くと、恐ろしい物を見た。

あろうことかムキムキのお兄さんが、私を足に挟んでスクワットにいそしんでいるのだ。
わき腹の感触はお兄さんの足、腹に当たるのはお兄さんの尻。なんて嫌な光景だろうか。

結局明け方まで眠ることも気絶する事も出来ず、悪い意味での特等席からお兄さんのスクワットを堪能するハメになった。あんなに酷い報復を受けたことは無い。

やりきったお兄さんの顔は実に清々しい物だった、そのまま成仏してしまえと思った。

お供え物

今でこそネット上では幽霊と同居しているというような人をよく見かけるが、私が高校生の頃はまだまだインターネットは特別な物で、ケータイでさえ持ってない方が多かった。
だから自分の家に居る無害な幽霊に対してのコミュニケーションの取り方は常に試行錯誤状態だったし、そうそう誰かに相談できるものでも無かった。

私の視界には、気づくとムキムキのお兄さんが居る。
幼いころに出会って以来、離れる気配が無い。
母さんや妹は彼をお兄ちゃんと呼び、家族の一人のように扱っていて正直ちょっと不気味だった。

直接的な害は無い物の、奴はいつもパンツ姿なので目に入るたびにイラっとした。
そこで母さんに頼んで、奴に何か服を買ってあげてくれと頼んだ。
私の服ではサイズが合わないような気がしたのだけど、幽霊なんだからその辺りはどうにでもなったかも知れないな。

母さんが用意したのは黒いジャージ。なんでジャージなのか疑問だったが自分が着るのではないから何でもいい。
奴の目の前にジャージ上下セットを突き出して、それを着てくれと頼むと露骨に嫌そうな顔をされた。
普通の相手なら、嫌なら着なくてよろしいとでも言ってやりたいところだが、それを言ってしまっては本末転倒、裸で居られて困るのは私だ。

それからしばらく姿を見なかったので、服が嫌で成仏したのかと思っていたら、学校でこっくりさんをした際に下だけ穿いて現れた。凄い進歩だと思った。
出会ってから十年近くパンツ一枚だったのが、ズボンを穿いた瞬間だった。

その調子で常時服を着る真人間になってくれればと思ったが、そこから上着に移行するまでさらに時間がかかったのはまた別の話。
今ではジャージを脱ぎ捨て和服を着ていることが多いが、何かのスイッチが入ると街中でもどこででもパンツになっている。

他人には見えないとは言え、霊感のある人には結構見えてしまうらしいので、出来るなら脱ぐのは家の中だけにしてほしい。
お巡りさんに心配されるなんで経験はもう勘弁だ。

つまずく道

高校生のころ、雨の日はバス通学をしていたのだが、私は乗り物が苦手なので帰りは歩いて帰ることが多かった。
帰り道の途中には大きな運動公園があって、道路を挟んだ向こうにお寺があり、その前を通ってずっと行くと商店街へ出る。
そのお寺の前でよく、人がつまずいているのを見かけた。

綺麗な煉瓦で舗装された平らな歩道で、つまずきそうなものは何も無いのに、何故かそこでガクッとバランスを崩してしまう。
私も何度かつまずいた事がある。

そこを通る時は特に足元を見ながら歩いているのに、無いことを確認して一歩踏み出そうとすると、何かに足を取られてしまうのだ。

ある時友人と一緒に同じ道を歩いていると、お前はこんな道を通っているのかと呆れた様子で言われた。
その友人も自称霊感持ちで、全く信用していなかったが、この道のところどころに人間の頭の様なものが地面からハミ出ているのだそうだ。
私たちより先を歩いているオバサンを指して、もうすぐつまずくぞと言うと、たしかに直後につまずいた。
どうやらその出ている頭に足を引っ掛けているらしい。

ここを通るならジグザグに歩けと、友人は頭のあるらしき箇所を避けるように歩いて見せ、その通りについて行くと確かに全くつまずかずに通り抜けることが出来た。
偶然だろうと思ってもう一度普通に道を通ってみると、いつもの所でやっぱりつまずいてしまった。

友人は「疑り深い奴だな」と、また呆れたように言う。
そりゃ疑いもするだろう、頭なんかよりもっと凄いのが私のすぐそばに居るのに気づきもしないのだ。
小さいころからついている幽霊の、ムキムキのお兄さんの事はまったく見えていないようだから、この友人の霊感は自称だと思ってた。

ただ、私もお兄さんが常時見えていると言うわけじゃないので、もしかしたらお兄さん自身が見えるようにしたり見えなくしたりとコントロールしているのかも知れない。
そう考えると、お兄さんって単なるパンツの幽霊じゃ無くて、実は凄い幽霊なのかなと思った。

しかしニヒルな笑顔を浮かべる友人の眼前で、負けないくらいの笑顔で見せつけるようにポーズを取るお兄さんを見ると…凄いとはとても思えなかった。

消えるお兄さん

もう何度目になるだろうか。
聞き飽きた人も居るかもしれない。が、一応説明しておかないと話がイマイチ入って来ないだろうから、これも儀式だと思って読み流して欲しい。

私には幼少の頃からオバケが憑いている。
かなり筋肉質な男の幽霊で、どこから来たのか、なぜそこに居るのか、話す気配は微塵も無く、経歴はさっぱり不明のままだ。
そんなオバケではあるが、彼が居て何か悪いことが起こったことも無いし、むしろ助けられている部分があるので、守護霊のようなものだろうと思っている。
そのうち成仏するだろうと考えていたが、何年経っても消える事が無い。

こんな風にオバケとの共同生活が続いたある日、夜中に目を覚ますと彼は私の枕元に正座して何やら真剣な表情をしていた。
夜中に目覚める事はあまり無いのだけど、ぼんやりとした灯りの中で見る顔は心なしかいつもより透けて見えた。

あくる日、それまで見えていた彼の姿をほとんど認識できなくなった。

彼の気分で姿をくらませることは何度もあったけど、いつもならハッキリ見えるか見えないかのどちらかで、うすらぼんやりとしか見えないなんてことは無かった。
母さんに伝えると、彼が成仏しかかってるのではないかと言われた。

ちょっとだけショックだった。

1人でいる時間より、オバケと一緒にいる時間のほうが長くなってしまっていた。
早く消えてしまえと思っていたが、実際にそうなるかも知れないと思うとやや寂しくはある。

その日の夜も彼は枕元で正座していた。
昼間よりはやや濃く見えるが、それでもこれまでと比べると今にも消えてしまいそうだ。
居なくなるのかと訊ねてみたが、彼は無言だった。無言で静かに笑ってるだけだった。

目が覚めると、彼は居なくなっていた。
見えづらくとも気配はあったのに、それさえまったく、何も無い。

母さんは寂しくなるね、と言った。妹はお兄ちゃんが居なくなったと泣いた。
私は複雑だった。

それから数日後、私は成人式に出席するためスーツに身を包み、会場となる中央会館にやって来ていた。
高校卒業以来の友人にも何人か会って、振袖姿の女の子たちを横目にしばし懐かしい時間に浸っていた。

すると自称霊感持ちの友人・牧田が相変わらずニヒルな笑みを浮かべながら話しかけて来た。
牧田の話によると、この会館にも出るらしい。
会館が建つ前、建設予定地として囲われていた頃に通り魔事件が発生したそうで、その現場となったのがこの付近だと言うのだ。

「その事件で殺された女の霊が今でもウロついてんだって。」
「見えるの?」

通り魔事件も殺人事件も初耳で、友人に尋ねてみるがニヤニヤしたまま壇上の方を指さしている。
つられて目を向けると、禿げ上がったおっさんが市長からの祝辞を読み上げているところだった。それ以外に特におかしな所は見られない。
分からない、と牧田に視線を戻すと、声を潜めて言う。

「ほら、舞台袖になんか居るだろ…ベージュのコート着た…あれ?」

不意にあげられたら素っ頓狂な声に一瞬周囲がこちらを見た。
おっさんもちらと辺りを見回していたが、咳払いをして祝辞を続けた。

式典が終了してから外に出て、何を見たのかと訊ねると、コートを着た女の幽霊がおっさんに向かっていこうとしていたらしい。
しかし舞台袖から何者かが女の首根っこを引っ張りこみ、けっきょくそれ以降出てこなかったのだそうだ。

「引っ張った方も絶対幽霊だと思うんだけど、よく見えんかったわ。オレも歳かな。」
「歳とると霊感無くなるのか?」
「無くなる奴もいるっぽいぞ。思春期を過ぎると弱まるって話を聞いたことがある…。あー、オレも凡人だったかー!」

と言うことは私が大人になったから、お兄さんを見ることが出来なくなってしまったのか。
始まりがあれば必ず終わりがくる。
物語も人生も同じ、あいつはもしかしたら私に始まりと終わりを教えに来てくれたのかも知れない。

そう思うと彼が居ないこの世界は少しだけ寂しいが、お兄さんと過ごした日々は決して消えたわけではないのだと思えた。
帰り道に、ひとりで空にありがとうと呟いた。

そしたら
「どういたしまして」
と返事があった。

いつの間にかお兄さんが戻っている、しかもちゃんと着衣だ。
居なくなったんじゃないのか。

成人式を迎えて居なくなったのかと思われたオバケだったが、そんなことはなかった。
たしかこの頃からよく話しかけてくるようになり、今まで以上に鬱陶しく思うようになった。

さっさと成仏してしまえと思った。

前の話幽霊のイラスト次の話

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