恐怖の泉

人間の怖い話「とん、とん」

私の家は隣が神社です。
神社のはずれの林のような場所に、私の部屋の窓は面しています。
神社にお参りに来た人は、参道から本殿へお参りするので林を通ることはめったになく、静かな場所なので立地に悪い印象はありませんでした。

しかしある夜、ヘッドホンで音楽を聴きながら本を読んでいると、音楽に妙な音が混ざっているような気がしました。
おかしいな、と音楽を一度止めてヘッドホンをはずしてみると、どうやら異音は窓の外から聞こえてくるようでした。

妙な音でした。

「とん、とん、とん、とん」
少しの間をおいてまるでドアをノックするような音。
どこかで聞いたことのある音だとも思いますが、その時は思い当たりませんでした。

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翌朝。
通勤で神社の前を通ると、神主の息子さんが鳥居の下で掃除をしていました。
「おはようございます」
と声をかけると同じように挨拶をしてくれました。

「あ、○○さん、そういや夕べ遅くまで起きてたでしょ?」
「え?ええ。」

部屋の明かりが漏れていたのだろうと思いました。
でも彼とは大して親しくありませんので、そんなことを言われて少々戸惑いました。

「いや、もしかして音聞こえなかったですか?」
「音?」

わたしはそこで昨夜遅くに聞こえた「とん、とん」という音を思い出しました。

「あれ、もし聞こえたら気にしないで見ないでくださいね。」
「見ないって何をですか?」
「外。うちのほう。」

彼はニコニコとしたいつもの笑顔で言います。

「あれね、だいたい丑の刻参りだから。」

丑の刻参りとは、神社の木に藁人形を打ち付ける呪いの儀式です。人形には憎い人の名前を書いたり髪の毛を入れたり…詳しく知らなかった私に、彼は説明してくれました。
わたしは呆然と聞いていました。

「見られると失敗するから、やってる人必死なんですよ。」
「あの…いいんですか?」
よかないけど、と彼は苦笑して
「禁止しようと毎朝回収しようとやめてくれないから、もう放置です。もちろん現場を見つけたら注意に行きますけど。昨日は逃げられちゃって。でもほんとに危ないから見ないほうがいいですよ。」
失敗したとわかるや、襲い掛かる人もいますからね。軽い感じで彼は言いました。

だからといって眠れぬ日々が続いたわけではないのですが(私は大分図太いんだなあと実感しました)、たまに窓の外からは「とん、とん」と音が聞こえてきました。
もうその音にもすっかり慣れてしまった頃。うつらうつらとベッドでまどろんでいると、音がしました。

とん、とん、とん、とん…

寝ぼけていた私はその音を聞きながら、あぁ呪っているなぁ~とのんきに寝返りを打ちました。

とん、とん、どん、どん…ドドンッ

え?急に音が大きくなって、私は思わず体を起こしました。
すると、辺りは静まり返っていて何も音はしません。
まあそういう日もある、と私はそのまま寝てしまいました。

翌朝、神社のほうが騒々しくて目が覚めました。
窓を開けてみると、おまわりさんと目が合います。身振りの様子から、窓を閉めるように言っているみたいでした。
林の一部がブルーシートで覆われています。
近所の人たちがざわざわとなにか言っていますが聞こえませんでした。

その日の地元の夕刊には、神社の神主が息子に殴り殺された記事が載りました。
近所の魚屋さんによると、金づちで頭蓋骨が粉々になったそうです。

それからしばらくして、夜ベッドに入る前にまた音がしました。

とん、とん、とん、とん、とん、どん、どん、ドドンッ…

その日から私は耳栓をして眠るようになりました。

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