恐怖の泉

実話系・怖い話「緑のひと」

現在はさびれかけた温泉街ですが、昭和30~50年代には湖畔の旅館街として全国に知られていた場所がありました。

当時はホテルに旅館、民宿、その裏にあるスナックにまで、平日昼間でもどこかで宴会が行われていたようです。
そこの従業員たちは、温泉街の影になっている場所に寝起きして昼夜3交代で働いていたようです。
シングルマザーや家出して帰れない人など、わけありの女性が多くいて、親子で独身寮に住む人や、砂浜の上に堤防に引っかけたような小屋に住んでいる人までいました。

これはホテルの社長の愛人をしながら、湖の端の一軒家に住んでいる女性の娘と学校で話をしているときに聞いたものです。

スポンサーリンク

「おとうさんが来る日はね、誰か友だちのうちに泊めてもらわなきゃいけないの。どこでもいいんだけど、すぐ見つけないと寝れないのよ」

もちろんその「おとうさん」が彼女の生物学上の父ではないことは、同級生のみんなが知っている話で、一学年上にはその「おとうさん」の長男がいることも暗黙の了解。

ある日の夕方、学校から帰ってきてすぐにおとうさんの来訪がわかって、彼女は家に上げてもらえず、ランドセルを背負ったまま母の友人や旅館街の馴染みを訪ねて宿泊先を探していたらしい。
しかし運悪くホテル従業員の慰安旅行があったため、母の友人たちはみな出かけていた。

どうやらおとうさんは、その慰安旅行に一緒に行ったことにして愛人宅を訪ねたのだ。

それでも泊まり歩きを何年も続けている彼女は、自分の友人の何軒かに目星を付けていた。
その中でも、最近引っ越してきてまだ何度も泊まっていない同級生の家に向かった。

湖をぐるりと囲む遊歩道に沿って歩いていると、ネオンを反射した湖面がゆらゆらと黒く揺れていて、粘っこく見える。
するとその湖面のネオン光が、ちょっと途切れたような気がして彼女は目を凝らした。

人だ。浮いてるんだ。

時折、酔っぱらいが飛び込むような土地柄だが、その人は岸から離れすぎている。

死んでいるのだろうか?

警察に言うと、周りの大人から非難される、と思った。
救急車を呼ぶのさえ、通報しながら「遅れてもいいからサイレン鳴らさないで」と言うのが通常の対応なのだから、彼女が特に冷たいわけでもない。

彼女がそのままその人らしきものを見ていると、波に乗ってぷかりぷかりと彼女の足下の堤防まで人影が近寄ってきた。

人の姿がはっきりして、顔まで見えるようになったところでその人が、釣り竿を持っていることに気がついた。

「だからって、何よ」

立ち去ろうとした彼女のランドセルに、何か引っかかったものがあった。

「ほっといてよ!」

彼女はそう言って、その場にランドセルを下ろし目的の友人宅に向かった。

「うふふ。ほっとかれたのは、その人だったのにね」
と彼女は笑っていたが、ランドセルをとりに戻ったとき、ランドセルはその晩彼女が放り出したそのままの状態だった。
ランドセルには何も引っかかっていなかったし、死体も発見されなかった。

「でもねえ、釣り針が引っかかったような気がしたのよね。やっぱり怖いと思ったのかな」
人ごとのように言ってから
「緑色の体だったしね」
とつぶやいた。

スポンサーリンク

TOP