恐怖の泉

実話系・怖い話「見えなくてよかった」

私は実家から遠く離れた、関西の大学へ進学しました。
そこで一人暮らしの生活費・学費への足しにとアルバイトを探していたところ、広告で「学生の手伝い求む」というお寺の求人を見つけました。

さっそく面接に行くと、ご住職に
「いろいろ、見えるほうかい?」
と聞かれました。
私はとっさに意味が汲めず
「目は悪いんです、かなりの近視なので…」
と答えました。
するとご住職は苦笑いをして
「そうか、まあ見えないほうが都合いいかもね」
と言い、私は採用されました。

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そこはお寺と言っても内側は個人事務所のようなもので、私はお茶くみ・掃除に食事の支度やお客様の案内と、ごく簡単な家事手伝いのような作業をしていました。
私の他にも大学生の女の子が数人バイトでおり、仕事の合間にはパートさん達との世間話もはずみました。

しかし夏休みも半ばを迎えた頃、どうも先輩バイトやパートさんたちの表情が暗いのです。
「もうじき、お盆ですねえ…」
と。

お寺にとって、お盆はかき入れ時。ご住職をはじめお坊さんたちは食事をとる暇もあわただしく、檀家さん宅をまわり、お寺の裏手にあるお墓での読経に明け暮れます。
繁忙期はやっぱり大変なんですか?と年配パートさんに恐る恐るたずねると

「ああ、あんたは今年初めてだったね。そうじゃなくってねぇ、毎年お盆の時期に…出るのよ、そこの裏庭。」

と言われました。そして彼女自身の体験を聞かせてくれました。

勤め始めて最初のお盆の時期、事務所から本堂につながる渡り廊下を歩いていると、そこから見える裏庭に若い女性がいたのだそうです。
このお寺は美しい景観の庭を一般に公開してもいるので、その観光客が道順をあやまって、裏庭に迷い込んでしまったのだと思い
「大丈夫ですか?」
と軽く声をかけたところ、その女性はふうっと、風にまぎれるかのように立ち消えてしまった…と言うのです。

近くで話を聞いていた先輩バイトたちも、ほぼ同様の経験談を語りました。その女性は長い黒髪の、美しい若い女性で、白いワンピースのような服を着ているのだそうです。
何をするでもなく、ましてやパートさんたちを怖がらせる様子もなく、ひっそりと裏庭に現れては佇んでおり、声をかけるとふっといなくなる、というのでした。

意地悪な霊の類ではないし何の害もないのだけれど、ただやはり見えてしまうと怖い…と皆が言います。
どんな由来があってそこにいるのかも、わからないということでした。

「ポチが一番敏感に感じ取るね。あの子が変に鳴いたりしたら、要注意」
と言われました。
ポチはお寺で飼っている犬のことなのですが、お盆の時期になるとひどく怖がる様子をみせる、というのです。

私は茫然とし、面接の時に言われたのはこのことだったのか…と思い返しました。実は私は本当に怖がりで、この話の後は一人で渡り廊下を歩くことを避けてすらいたのです。

結局この職場には大学卒業までの数年間勤めたのですが、私はこの女性と遭遇しないまま終わってしまいました。
霊感がある方ではありませんでしたが、皆が一度は見ているのに何故私だけ見えなかったのかな?と思ってよく考えてみると、一人暮らしの人間は私一人だけでした。
怖い経験があれば生活破たんしそうなほどに怖がりでしたから(苦笑)、もしや本堂の仏様がそれを見抜いてお守り下さったのか、または女性自身が私を気遣ってくれたのか…。

そこのお寺は長い期間ご無沙汰していますが、もしまた機会があれば、無事に過ごせたあのバイト数年間のことを含めて、お礼の参拝に行きたいと思っています。

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